最終電車 9
『嫁に来ました!』
そんなことを玄関先で大声で言われて。
こんな夜中に何の冗談だ、と呆気にとられて固まってしまった。
外気の冷たさで酒に酔った頭が冷え始めた時、イルカが口を開いた。
「・・・か、軽い冗談ですー。失礼しました!」
えへ、と愛想笑いを浮かべて踵を返そうとする。
「コラコラコラ!こんな時間に冗談言いに来たわけじゃないでしょ?」
二の腕を掴んで引き止めたら、振り返ったイルカの表情は口をぎゅっと結んで、それはまるで泣き出す寸前の子供のようで。
その表情に心臓がコトリと音を立てる。
イルカはカカシに促されて、大人しく部屋に上がった。
今日も随分酒を飲んでいるんだろう。
顔の赤みは全く引かず、酒くさい息を吐き出している。
「まーた沢山お酒飲んでるでしょ?ほら、これ飲んでちょっと一息ついて。」
ソファに座らせて、イルカの為に冷たいお茶を用意してやった。
イルカはそれを一気に飲み干して、落ち着かない様子でソファの上で縮こまる。
嫁云云は置いておくとして、こんな夜中に訊ねて来たのだから、何かカカシに用があるんだろう。
カカシは隣に腰を下ろし、イルカが動くのを静かに待った。
「あの、昼間のことがずっと気に掛かってて。謝りたくて・・・どうしても謝りたくなって・・・夜遅くにすみません。」
口を開いて先ず詫びの言葉が出る。
イルカらしい。
まだ起きてたから大丈夫、と笑い掛けると、イルカはホッとした様子で続けた。
「昼は嫌な思いさせてすみませんでした。でもあれは・・・はたけさんが迷惑、っていうんじゃなくて、その・・・。」
その、と言ったきり口を噤んでしまった。
イルカは俯いて落ち着かない様子で、開いたり閉じたりを繰り返す自分の手だけを見ている。
二人の間に沈黙が続く。
テレビの音だけが部屋の中に響いた。
カカシはじれったくなって口を挟んだ。
「迷惑じゃなくて?何?」
自分で思ったよりずっと冷たい声色だった。
昼間のことを思い出したらまた少し滅入ってきて、動かないイルカがもどかしくなって。
責めるような口調になってしまった。
イルカはビクリと肩を揺らして、意を決したように顔を上げて口を開いた。
「何から、申し上げたらいいのか・・・。その、実は・・・ずっと・・・。」
イルカは躊躇しているようだった。
カカシと目を合わせようとはしているが、視線が定まらずに落ち着きがない。
「ずっと・・・。」
大きく深呼吸をして、カカシを強い眼差しで見詰め、
「ずっとアナタのことが好きだったんです。・・・その、そういう・・・意味で、なんですけど。」
静かに告げた。
カカシは自分の心臓が動きを速めたことに気が付いた。
イルカに気付かれないかと心配になるくらい、大きく騒ぎ出す。
気持ち悪いこと言ってすみません、とイルカは目を伏せて続けた。
「だから、誘って下さるのは本当に嬉しかったんです。・・・でも二人きりだと思うと緊張して、楽しく過ごせるか自信が無くて・・・。」
だからどう返事をしたらいいか困って。イルカの言葉はそこで止まった。
カカシがイルカの唇を塞いでしまったから。
『ずっと好きだった』
そうイルカが口にして、それが耳に届いて。
理解するのに少し時間が掛かった。といってもほんの数秒。
イルカの口にした台詞が脳までやっとこさで達して、脳内に何度も響く。
イルカが自分のことを好き。
そういう意味で好き。
『そういう意味』とは異性を好きになるのと同じ意味で、と理解した。
その途端、カカシの体に火が灯った。
先ず胸が熱くなって、次に顔が熱くなって、ぶわっと一気に熱が体中を駆け巡る。
たどたどしいイルカの言葉は一応耳に届いてはいるけど、心臓が矢鱈とざわめいて、ハッキリ聞こえない。
ほんの数十秒のことなのに、随分長い時間に感じた。
ゆっくり言葉を紡ぐイルカの口元に釘付けになって、そこから目が離せなくて。
意外と可愛い唇をしてるんだ。そう思ったら触りたくなって。
吸い寄せられるように軽く唇を押し付けたらイルカは絶句した。
目を丸くして微動だにしない。
「ごめん・・・順番間違えた。キスして良い?」
良いよね?と一方的りな断りを入れて、返事を待たずにもう一度唇を合わせる。
イルカはただじっとカカシからのキスを受けた。
自分の身に起こっていることが理解出来ない様子で、ポカンとした表情を浮かべる。
そんな顔も可愛く見えて、ぎゅっと強く抱き締めたい衝動に駆られる。
イルカがこんなにも可愛く見えるのは体内に残る酒精の所為か、それとも―。
カカシはイルカの肩を優しく押して、ソファの上に押し倒した。
まだ放心状態のイルカに覆い被って、角度を変えて何度も何度もキスを交わす。
イルカは随分酒くさかったけれど。
触れ合う唇は。
酷く、甘い。
赤みの引かない頬にも口付けて、イルカの色んな場所に唇を滑らせた。
カカシの唇がイルカの顎を滑り落ちて首に辿り着いた時、漸くイルカの口から音が漏れた。
「ん、ぅ・・・っ!」
普段のイルカが発するものとは違う甘いその声は、ただカカシを喜ばせるもので。
「首が弱いんだ?」
知らず口角を上げて、いやらしい笑みを浮かべながら、イルカの首を音を立てて吸った。
イルカは何度も甘い声を上げてカカシを喜ばせる。
カカシは嬉しくて首ばかりを攻めた。
「や、やめ!」
自分の漏らす声に我に返ったようで、イルカは漸く抵抗を始めた。
カカシを押し退けようと必死で腕を突っ張るけれど、その力は弱弱しくて、大した効果は無い。
嫌がる素振りを見せながらも、カカシが首を吸うとイルカは甘い声を上げ続ける。
可愛いと思った。
イルカが可愛くて堪らない。
イルカを見てると胸の奥が煩くて、触れる度にドキドキ騒ぎ出す。
そんな自分の状態にやっと気付いた。
何であんなにも落ち込んでいたのか。
こんなにも胸がざわめくのか。
あんなにもイルカが恋しかった、その理由。
それは全部、イルカのことが好きだから。
もっと触れたい。もっと甘い声を聞きたい。
カカシはゆっくりと、イルカの肌の上に指先を滑らせた。
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あー終わらなかった・・・。
こ、この次こそ完結。
次は★付になりますのでご注意下さいな〜。
ご覧頂きありがとうございました!
'07/10/9 葉月