最終電車 8
翌朝は快適に目覚めた。
熱は下がって体が軽い。
夢見も良かった。
だけど。
気持ちの良い朝のはずなのに。
体は軽いのに。
何だか胸が重くて。痛い。
目が覚めて真っ先に浮かんだのは夢で見たイルカの顔。
それを思い浮かべると、何故だか胸が苦しい。
切なくてぎゅっと締め付けられるように痛む。
記憶が曖昧で、夢の中でのイルカとの会話がちっとも思い出せない。
昨夜のイルカは夢か現か。
暫く横になったまま考え込んで、朝の支度を始めようと体を動かした。
顔を洗って着替えて朝食をとって。
支度を終えて寝室に戻ると、ベッドの脇に転がるタオルを見つけた。
乾き切っていないタオルを拾い上げると、思わず頬が緩む。
昨夜イルカはここに来た。
ここでカカシを看病してくれた。
夢かと思った昨夜のイルカは現実だった。
途端に気分が高まって、上機嫌で家を出る。
早くイルカの顔が見たい。
会ってお礼を言いたい。
電車を降りると、ホームの人込みの中に見覚えのある後姿を見つけた。
駆け寄って声を掛ける。
「うみのさん。おはよう!」
軽く肩を叩くと、弾かれたようにイルカが振り返った。
「はたけ、さん・・・。おはようございます。」
「ね、うみのさん。昨夜家来てくれたよね?」
「あの・・・すみません勝手にお邪魔して。朝具合悪そうだったのが気になって・・・チャイム鳴らしても反応無くて鍵開いてたから・・・すみません。」
何度も詫びて頭を下げるイルカを慌てて止める。
「そんなこと謝らないでよ。すごく助かった!本当にありがとう。見て全快したよ!」
大袈裟な素振りで力こぶを作る真似をすると、イルカは固い態度を崩して少し笑った。
その笑顔にホっとする。
イルカの笑顔は良い。
もっと見ていたいと思う。
この人にもっと近付きたい。
何故だか心臓が少し騒いだけど、気に留めずにイルカと話した。
「ねぇ。お礼したいんだけど、今晩予定ある?」
奢るから飲みに行こう、と誘った。
イルカは遠慮して中中首を縦に振らなかった。
そこにナルトがやって来て派手にイルカに飛び付いた。
小さくよろけながらも怒った様子もなく、仕方ないヤツだな、という風にナルトと朝の挨拶を交わす。
カカシの目の前で親しそうにナルトに笑い掛けるイルカが何だか面白くなくて。
イルカに纏わり付くナルトをベリっと剥がして、二人の間に割り込んだ。
「何時に待ち合わせしよっか?」
強引に話を戻すとそれにナルトが食いついて、オレも連れてけ!と騒ぎ出した。
カカシは初めこそ渋面を浮かべて、遠慮しろよコイツ、と心の中で毒づいていたが、イルカの様子に態度を変えた。
イルカは困った様子でナルトを諌めてはいたが、傍から見ればそれは本当に仲が良いんだと窺い知れる光景だったから。
―ナルトをダシにしてやろう。
きっとナルトも連れて行けば、遠慮して頑ななイルカも首を振る方向を変えるだろう。
「可愛い部下にも偶には奢ってやるか。」
そう言ってナルトの同行を許可した。
ナルトはガッツポーズを作って喜んで、イルカは案の定、「すみません・・・」と遠慮がちに今夜の飲みを承諾した。
そうして夜には三人連れ立って居酒屋の暖簾を潜った。
見ていて微笑ましく思えるくらい、イルカとナルトは本当に仲が良かった。
ナルトがイルカを慕っているのが見ていてよく分かる。
そのイルカもナルトを可愛がっているのが一目瞭然だ。
二人は始終笑顔で楽しそうで、話題は尽きることがない。
その笑顔をカカシにも同様に向けるイルカ。
そんなイルカを微笑ましく思いながら、ナルトを羨む自分が居た。
カカシはナルトを羨ましいと思った。
無条件にイルカに受け入れられて可愛がられているナルトが。
昼にも思ったことを夜にもまた思った。
イルカにもっと近付きたい。もっと笑顔を自分に向けて欲しい。
ふとイルカを拾った翌朝の遣り取りを思い出した。
あんな風な遣り取りが自然に出来るくらいに親しくなりたい。そう思った。
それから数回そんな飲み会が続いた。
イルカを誘うともれなくナルトが付いて来る。
それはそれで楽しかったけど、カカシはイルカと二人で親睦を深めたいと思っていた。
だから。
週末のある時。思い切ってナルト抜きで誘ってみた。
「じゃぁ、ナルトにも声掛けておきますね。」
「あの、良かったら今日はナルト抜きで行かない?」
そう言うと暫く間が空いて、イルカは困ったように視線を外した。
口を開きかけて噤んでを繰り返す。
結局言葉を発することなく、落ち着かない様子で黙り込んでしまった。
その態度でやっと気が付いた。
そうか・・・。
てっきり好かれているんだと思っていたけど。
勘違いをしてしまっていた。
だってイルカが優しくするから。
あまりにも優しかったから、好かれているのかと。
でも、そうじゃなかった。
二人きりでの食事を避けようと、毎回ナルトも連れて来たのか。
ナルトも一緒だから来てくれていたんだ。
今まで良くしてくれたのは、ただカカシがナルトの上司だったから。
その厚意は自分に向けられた物ではなかった。
好かれているのはナルト。
自分はそのオマケ。
だから何時も断らなかった。
「ごめん、全然気が付かなくて。迷惑だったんだね・・・。」
もっと早く言ってくれれば良かったのに、と言い掛けた言葉を飲み込む。
そんなことイルカに言えるわけがない。
優しいイルカだから。
きっと優し過ぎて断れなくて。
大事にしているナルトの上司だから、カカシの誘いを断れなくて。
仕方なくずっとカカシに付き合ってくれていたんだ。
今やっと気付いた。
「今まで無理させてごめんね。」
もう誘わないから。そう残してカカシはイルカに背を向けた。
思いも寄らなかったイルカの本当の気持ちに、酷く落ち込む自分を見られたくなくて、足早にその場を去った。
後ろでイルカが何か言ったけど、聞こえない振りをして。
急に痛み始めた胸を押さえて、大股で歩き出した。
イルカの優しさは残酷だ。
部屋で一人酒を片手にボーっとテレビを見ていた。
考えることは昼間のイルカのことばかり。
あんまりにもショックで、考えたくなくてもそのことばかりが頭に浮かぶ。
自分がこんなに気落ちしている理由が分からなかった。
こんなことそう大層なことでもないだろうに。
勝手な思い違いをして恥ずかしくて?
もっと親しくなりたいと思っていた矢先だったから?
それとも・・・。
相手がイルカだから?
ナルトの上司だから良くしてくれてたんだと分かったけど、寝込むカカシの看病にわざわざ電車に乗って来てみたり。
ナルトの為にそこまでするか?とイルカの行動が解せない。
アルコールで濁った頭の所為で上手く考えを纏められないでいると、玄関のチャイムが鳴った。
時計を見ると、既に日は変わって一時を過ぎようとしている。
こんな時間に連絡も無しに突然訪ねてくる知り合いなんていないはず。
そう考えている間も何度もチャイムが煩く鳴る。
夜中に非常識なヤツだな、と少し苛立ちながら玄関のドアを開けると、そこには酒のにおいをプンプンさせて真っ赤な顔をしたイルカが立っていた。
どうしたの、と訊ねようとするカカシを遮って、
「よ、嫁に来ました!!!」
近所迷惑な大きな声で言った。
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この次で終わる・・・はず(^-^;
ご覧頂きありがとうございました〜!
'07/7/24 葉月