最終電車 4
遠くでベルが鳴る。
その所為で意識は浮いたり沈んだりを繰り返していた。
心地良い眠りを妨げて、耳障りな電子音が続く。
うるさいなぁ・・・と思っていると、緩く体を揺さ振られた。
「・・・でんわ・・・・・・鳴ってる・・・。」
あれは電話じゃない。携帯電話のアラーム。
そう心で思って「うん」と生返事をして、意識を沈めようとすると、再び揺さ振られる。
「電話・・・電話・・・。」
カカシの体を揺さ振る相手は、そう繰り返して止めてくれない。
直鳴り止むから放って置いてくれよ、と小さく舌打ちをして無視を決め込んでいると、蹴飛ばされた。
その弾みでベッドから転げ落ちる。
「いってぇ・・・。何だよ・・・。」
酷く乱暴な目覚めだ。
無理矢理意識を引き上げられて、かなりハラが立ったが、それよりも鳴り響くアラームが耳障りだった。
ボンヤリとしたまま寝室を出て、アラームを止めに行く。
「くぁぁ・・・。」
欠伸を漏らしながら風呂場へ向かった。
シャワーを浴びてハッキリしない頭を動かそう。
熱い湯を浴びると意識がハッキリして、ゆっくりと昨晩の記憶が甦った。
最終電車で拾ったうみのイルカ。
さっき自分を蹴飛ばしたのはあの人か・・・と苦笑を浮かべる。
普段のイルカは礼儀正しく好青年なのに、寝起きのイルカはえらく乱暴だな、と思った。
シャワーを終えて戻ると、起きていると思ったイルカはまだベッドの中だった。
眉間に皺を作って難しい顔で眠っている。
そういえば昨夜から苦しそうな表情しか見ていない。
「・・・ねぇ。起きれそう?」
揺すりながら声を掛けると、イルカは緩く首を振った。
「ごめ・・・もちょっと寝かせて・・・。」
「ごめんな」イルカはそう言って布団の中で丸くなる。
きっと相手が誰だか分からず喋っているのだろう。
昨夜と違う口調が何だかくすぐったい。
仲の良い友達同士の会話みたいで。
「いいよ。夕方くらいには戻れると思うから、ゆっくり寝てて。」
布団の上からポンポンっと撫でると、「さんきゅー」と間延びした小さな声が届いた。
夕方。
会社から戻ると、イルカはまだ眠っていた。
まさか死んではいないだろうが、余程具合が悪いのだろうかと、さすがに心配になった。
「うみのさん!ちょっと起きて!大丈夫?」
布団を剥いで強引に体を引き起こすと、小さく呻り声を上げて目を開いた。
カカシと目が合っても、どこか夢現なイルカの腕を引いて風呂場へ向かう。
「取り敢えずシャワー浴びて。シャンプーとか好きに使っていいから。バスタオルと着替えはここ。少し横になってるから上がったら声掛けてね。」
イルカを風呂場へ押し込めて、リビングのソファーに横になる。
昼に目覚めた時はマシだったのに、会社から戻る頃になるとまた喉が痛み始めた。
喉の奥が苦くて痛くて、少し体も熱っぽい。
手の甲を額に当てて薄く目を瞑った。
暫くそうしていると、風呂から出たイルカに声を掛けられた。
イルカはバツが悪そうに目を伏せ、カカシの傍に立っていた。
「あぁ。スッキリした?もう気分悪くない?」
イルカは小さく「はい」と返事を寄越し、勢い良く頭を下げた。
「はたけさん・・・。ご迷惑をお掛けしてすみませんでしたっ!」
あんな状態で記憶は無いだろうと思っていたのに、どうやらイルカは全部覚えていたようだ。
見てるこちらが気の毒になる程、青い顔で何度も詫びの言葉を口にする。
「そんなに謝らないでよ。オレも強引だったし。・・・何か悪いことしちゃったね。」
体を起こして「ごめんね」と笑い掛ける。予想以上の反応に自然と笑みが漏れた。
―ほんとクソ真面目なんだから。
「おなか空いてない?弁当買って来たから良かったらどうぞ。弁当が無理そうだったら果物も買ってあるから。」
そう言った途端、イルカのハラが派手な音を立てたので、カカシは「ぶはっ」と噴出した。
「素直で宜しい。じゃ、一緒にお弁当食べよっか。」
クククと漏れる笑いを抑えきれない。
今度は真っ赤な顔色になったイルカを食卓へ促した。
イルカはぺろりと弁当を平らげ、カカシは咳き込みながら、何とか半分を胃に仕舞い込んだ。
やっぱり体調は悪化の一途をたどっている。
早くイルカを帰して、早く寝よう。そして明日は一日ゆっくり休もう。
「着替えは洗濯して会社に持ってくね。今着てる物も会社で返してくれたらいいから。」
言外に「そろそろ帰ってくれ」とにおわすと、イルカはキッパリと言った。
「もう一晩泊めて下さい。このまま帰る訳にはいきません。」
イルカは交換条件も覚えていた。
世話になりっぱなしで帰る訳にいかないと言うのだ。
「明日の昼ご飯に茄子の味噌汁作ります!洗濯もオレがします!あと掃除も!・・・はたけさん体調悪そうだし。」
たしかに。
体調は些か悪い。これから悪化しそうではある。
明日は溜まった洗濯物を片付けようと思っていた。部屋の角に見え隠れする埃も。
イルカの申し出は正直有り難いと思った。
しかしその反面、一人でゆっくり休みたい、とも思う。
他人が家の中に居たんじゃ休まらない、とも。
逡巡していると、イルカは立ち上がり、片付けを始めた。
「オレは今日沢山寝たから。今から少し掃除をします。はたけさんはもう休んで下さい。」
そう言われて、グイグイと寝室へ追い遣られた。
―まだ7時にもなってないんですけど・・・。
カカシは強引なイルカに戸惑いながらも、着替えて寝支度を整えた。
イルカの厚意に甘えてしまおうと思った。
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やっとこさイルカ先生素面になったよ(笑)。
前のからえらい日にちが空いちゃった・・・うごご((;゚Д゚)
ご覧頂きありがとうございました〜!
'06/1/29 葉月