瓶底先生 8
「いらっしゃいイルカ先生!」
「あっちぃー!」
「暑い中お疲れ様でした。冷房掛かってますよ!」
笑顔の瓶底に迎え入れられる。
今日はオレが瓶底の家に遊びに来た。
友人と飲んだ翌日に早速約束を取り付け、何時もより多めの酒を抱えてやって来たわけだ。
「今日は随分大荷物ですね?」
瓶底がビニールに入った酒を見て不思議そうに言った。
おうよ!酒の力を借りて色色喋ってもらおうって魂胆ですから!準備はバッチリよ!
という心の声が置いておいて、
「カカシ先生ん家来るの久し振りだから張り切ってんですよ!今日はいっぱい飲んで語りましょうよ!」
警戒されないように適当なことを言っておいた。
今は土曜の昼で、明日は二人共休みの日曜。
時間はたっぷりある。
オレの黒い企みには気付きもしないで、瓶底は楽しそうな笑顔を見せた。
「あれ?ピアノ買ったんですか!」
部屋に通されて、前に来た時には無かった物が視界に入った。
電子ピアノが部屋の隅に置かれている。
「そうなんですよ!一番安いヤツなんですけど、やっと買えました!」
「へ〜いいなぁ。後で弾かせてもらっていいですか?」
どうぞどうぞ、と笑顔で頷く瓶底の横を通ってクーラーの前を陣取った。
「しっかし暑いですね・・・もう9月も終わるってのに!」
「ですねぇ。ずーっと異常気象ですよ。」
クーラーの前でシャツをパタパタさせて篭った熱気を散らせている間に、瓶底は手際良く酒やらつまみやらを机の上に広げていた。
「ビールが美味いのは嬉しいけどなぁ。」
「さ、イルカ先生。準備出来ましたよ。」
早速土曜の真っ昼間からという贅沢な酒宴を始めた。
ハナちゃんとのことはもっと酒が入ってから聞き出すとして、とりあえず仕事の話題から。
「最近仕事どう?変わったことありました?」
「んー変わったことはないけど。ナルトがね、オレの眼鏡を取ろうとして躍起になってます。」
毎日隙狙われてます、と困ったように笑う。
オレと二人の時は眼鏡を外してコンタクトで過ごすようになったけど、職場では相変わらず瓶底眼鏡装着だ。
眼鏡は譲れないらしいから、オレも最近は外すことを勧めるのは止めてる。
「アイツはイタズラっ子だからな〜。カカシ先生が困ってるのが面白いんですよ、きっと。」
大変ですね〜とオレも笑った。
そこでテレビから大きな歓声が聞こえて、そちらに目を向けた瓶底が嬉しそうな声を上げた。
「あ!イルカ先生、この芸人知ってる?オレ最近好きなんですよ〜。」
「知ってる知ってる!最近よく見ますよね〜面白いですよね!」
テレビから流れるお笑い番組に反応して、二人で食い入るようにして見た。
披露されるネタを見て笑って、酒を飲んで盛り上がった。
話題は尽きなくて、時間が経つのがあっという間だ。
「日の高い内からこんなに飲んで贅沢ですよね〜楽しいけど。」
瓶底はご機嫌な様子で、鼻歌まで口ずさみながら新しいビールを手に取った。
今日はヤケに上機嫌だ。
よく笑って、よく喋って、よく飲む。
良いコトでもあったかな。
よし、ここらでハナちゃんネタを振るか!
「カカシ先生。ハナちゃんとはその後どうですか?」
「あ、ハナちゃんですか?その後、って特に何もないけど・・・やっぱり良い人だし、面白い人だし。遊んでて楽しいです。」
思い出したようにクスクス笑いながら続ける。
「この間なんかね、『可愛い』とか言われちゃって・・・オレ男なのに可笑しいですよね?」
いんや!可笑しくない!分かる!
そうそう!コイツ男なのに何か可愛いトコがあるんだよなぁ。
ハナちゃん良く分かってるじゃないか〜!
妙な仲間意識を覚えて、少し嬉しくなった。
「女の子は何にでも『可愛い』って使いますよね。」
「そうなんですよ!街歩いてても『あれ可愛い、これ可愛い』って連発で。面白いですよね。」
そう言って瓶底が優しく笑うから、幸せそうだな〜と羨ましくなる。
「それでね、ハナちゃんすっごいお酒強いんですよ!日本酒でもビールでも何でも来いで、何ていうか『カッコいー!』って感じで!」
まだ大きな進展はないようだけど、二人は随分仲が良くなっているようだ。
うんうん。仲良しなのは良いコトだ。
オレが想像してたように、ハナちゃんはアワアワ真っ赤になる瓶底を見て『可愛い』と言ったのかもしれない。
そんな遣り取りが頭に浮かんで、仲睦まじい二人を想像して、本当に上手くいったらいいのにな、と思った。
それから暫くまたテレビを見ながらくだらない話題で盛り上がり、酒も進む内に、窓の外は少し暗くなってきた。
今日は結構な量のアルコールを入れたから、オレの体は普段よりずっと重くなって、頭はずっとフワフワ揺れてる感じ。
・・・ダメだ。今日は帰れないかも。
オレは机に突っ伏して言った。
「瓶底〜今日泊まっていい?まだ夕方なのに眠くなってきた・・・飲み過ぎた・・・。」
「え?大丈夫ですか!?吐きそう!?」
瓶底が慌てた口調で言うから、オレも慌てて顔を上げる。
「いやいや!それは大丈夫だけど、家まで帰るの面倒っつーか・・・。」
瓶底はふわりと笑って、
「どうぞ。泊まってって下さい。イルカ先生がオレん家に泊まるの初めてですよね?」
嬉しそうにそう言う。
そう言えば、瓶底の家に遊びには来たことはあるが、泊まったことは無い。
瓶底がニコニコ笑ったまま嬉しそうにこちらを見るので、何だかこそばゆくなって立ち上がった。
満面の笑みを向けられて無性に照れ臭い。
「あの!ピアノ弾かせてもらっていいですか!?」
ピアノに駆け寄るオレの後から瓶底も付いて来て、電源を入れて音量を調節して、準備をしてくれた。
横長のピアノ椅子に二人並んで座って、お約束の『ねこふんじゃった』を連弾なんてしてみる。
流行っているアニメの曲を弾きながら、瓶底がキャラの物真似で歌い始めたりするもんだから、大爆笑になった。
「ちょっ・・・めちゃめちゃ似てる!」
「そうですか?他にも出来ますよ。」
オレがずっと笑い続けるもんだから、瓶底は調子に乗って次から次に物真似を披露した。
芸能人とかアニメキャラとか、最後には保育園の先生の真似まで。
「うぅー笑い過ぎてハラ痛い・・・。何でそんなに上手いんですか!」
オレは目尻に浮かんだ涙を拭いながら、少し八つ当たり気味に言ってやった。
笑い過ぎて本気で息苦しかったから。
「イルカ先生笑い過ぎですよ。そんなに似てます?」
瓶底はオレの背中を擦りながら言う。
「こんな特技隠して反則ですよ!あー笑い死にするかと思った・・・。」
「隠してた訳じゃないんですけど・・・昔から何でもコピーするの得意なんですよ。ピアノとかも真似して弾いたりしてたし。」
「へー器用なんですねぇ。羨ましい!ピアノ上手いもんなぁ。そうだ、何か弾いて下さいよ!」
オレは瓶底の隣から立ち上がって椅子を譲った。
弾いて聞かせる程上手くないですよ、と渋っていたけれど、暫く粘ると瓶底は観念して楽譜を広げた。
「あ、それ聞いたことある!こないだ見た映画の最後で流れてませんでした?」
「うん。流れてました。『月の光』っていう曲ですよ。」
瓶底のキレイな指の動きをぼんやり見ながら聴き入った。
「へー・・・凄くキレイな曲なんですねぇ。」
キレイなんだけど、悲しげで切ない感じで。
それを弾く瓶底まで悲しそうに見えて、オレは気が付いたら瓶底の手首を掴んでいた。
急に止められた瓶底は驚いてパッと顔を上げる。
「あ、いや、ごめん・・・。えっと、ちょっとオレにも弾かせて!」
自分の無意識の行動に自分でも驚きながら、オレは慌てて手を離して言った。
瓶底は気分を害した風でもなく、笑って変わってくれたけど。
・・・何やってんだよオレってば。
「うえっ、何このフラットの数!」
自分を誤魔化すように熱心に楽譜を見て、興味津津なフリをした。
瓶底はピアノの横に立って、悪戦苦闘するオレを笑顔で眺める。
視線を感じて何だか居心地が悪くて、オレは楽譜を見ながら無駄話を始めた。
「ピアノも楽譜も苦手なんですよねぇ・・・オレも安いの買おうかな。発表会の前とか練習したいし。あ!間違えた!」
「右手の親指もう一つ横ですよ。・・・そんなの買わなくてもオレん家で練習したらいいじゃないですか。」
そうしたら練習ついでに飲めるし、と誘われる。
「そんなこと言ったらオレ本当に来ますよ?毎週とか。『カカシピアノ教室』やってくれる?」
冗談混じりに笑って言ったら笑顔で返された。
「喜んでやりますよ。」
「マジですか!?やった!」
手を止めて礼を言ったら「どういたしまして」とニッコリ笑われた。
本当に良いヤツだー!
オレは上機嫌で続きを再開した。
「こういうのスラスラ弾けるようになりたいな〜おし!半ページクリア!」
オレが態態声に出して喜ぶから、瓶底も隣で小さく拍手してくれる。
「カカシ先生はほんと上手ですよね。ピアノ習ってたことあるんですか?」
「両親が亡くなるまでやらされてたんです。親もピアノやってたから・・・。幼稚園から小学校までの間だったかな?」
「ご、ごめんっ!」
悪いことを聞いてしまった、と反射的に謝る。
専門学校に通いながらとかを想像して軽く聞いてしまった。
「謝らないで下さいよ。全然平気ですから。」
笑顔を浮かべているけど、それが何時もとは違う物に見えて、オレはまた「ごめん」と謝ってしまった。
瓶底は何も言わなくて、オレも何も言えなくて。
オレが奏でる下手なピアノの音だけが部屋に響く。
何とも言い難い居た堪れない雰囲気だったから、オレはまた無駄話の材料を探した。
「ところで、カカシ先生は何で保育士になったんですか?」
今まで聞いたことがなかったな、とふと思いついた。
「オレはね、育ての親が保育士だったからなんですけど。」
楽譜を見ながら口にしたから、瓶底の表情は見えない。
「そうですねぇ」と言った後、暫く間が空いて、
「子供って素直だし、裏表が無いし。子供は・・・好きだから。かな?」
そう言った。
「・・・切っ掛けは綱手先生なんですよ。」
オレは手を動かしながら聞いていた。
「オレ、ね。歩道橋で綱手先生に拾われたんですよ。」
不味いことを聞いたのかもしれない。
瓶底の声が何時もより低く感じた。
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@見たら2006年に作ってた・・・。
もうすぐ二年になるのね・・・亀更新ですんませんです(汗)
ご覧頂きありがとうございました〜!
'08/1/15 葉月