瓶底先生 21

 

 

 

 

 

震えてる・・・?

腕を回した背中から小さな震えを感じた。

泣いてるのかと思ったけど、そうではなさそうだ。

さっきからオレの肩に顔を埋め続けてる瓶底からは、嗚咽らしきものは聞こえてこない。

「カカシ先生?」

少し首を捻って頬に顔を寄せてみると、異状な冷たさを感じた。

甘い空気に浸ってうっかりしてたけど、コイツは雨に打たれてかなり濡れてたんだった。

上がっていた体温は落ち着いて一気に下がったんだろう。

このままじゃ風邪を引く。寒くて震える瓶底を早く風呂に入れて温めなければ。

「カカシ先生、ちょっと離れて。風呂の準備してくるから。・・・カカシ先生!」

力を緩める気配が無く、瓶底はオレに抱き付いたまま動こうとしない。

こんなに冷えて震えてるのに。

「ちょっと・・・カカシ先生って!・・・離れろって・・・瓶底っ!」

「もうちょっとだけ・・・離れないで・・・離れたく・・・ない。」

声まで震えてるのに瓶底は離れようとしなくて、更に力を入れてオレを抱き締めてくる。

「分かった。くっついてていいから・・・ちょっとだけ力緩めろ。」

扉に押し付けられた背中を浮かせ、瓶底を抱き締めたまま電気のスイッチに手を伸ばす。

瓶底はヨロヨロしながらもオレにくっついて動いた。

何だこの状況・・・コイツはでっかい子供かよ。いっそ子供みたいに抱っこでも出来たら楽なんだけどなぁ。

明るくなった室内で見た瓶底の顔色は、驚く程血の気が無かった。唇なんて真っ白。

「あっ・・・やだ、イルカ先生っ!」

オレの体に巻き付いた瓶底の腕を剥がそうとしたら、瓶底が泣きそうな声を上げた。

涙を浮かべて縋り付いてくるもんだから、オレは強引に離れられない。

「大丈夫、大丈夫だから。オレはここにいる。風呂の準備してくるから1分だけ待ってて。な?」

ぎゅっと抱き締めてキスもして、どうにか落ち着かせて大急ぎで部屋に入った。

風呂場で熱めの湯を出して、バスタオルと着替えを持ってバタバタと玄関に戻る。

寂しそうに縮こまる瓶底をもう一度抱き締めてやる。

「大丈夫だろ?オレはちゃんと傍にいるから。ほら、一緒に風呂入るぞ。」

「うん・・・うん。」

瓶底はちょっとだけ笑った。

泣き笑いの変な顔だったけど、笑顔が見れて少しホッとする。

部屋に上げる為に手を引っ張ったら、瓶底は段差に躓いて盛大にコケた。

寒くて体が固まってしまったのかも・・・。

慌てて抱き起こしたら、瓶底は情けない声を出した。

「・・・イルカ先生、オレの眼鏡は?何も見えなくて・・・。」

あ、さっき公園で外してポケットに入れたまんまだ。

「イルカ先生の顔もこのくらい近付かないと分かんない・・・。」

鼻先が触れそうなくらい顔を寄せられて、ドキっとして思わずキスしてしまいそうになった。

オレのバカ!ときめいてる場合じゃないって!

何も見えないからあんなに離れるのを嫌がったのかな。

そんなことを考えながら風呂場まで手を引いてやった。

眼鏡をしてない瓶底は、足許が覚束なくて頼りなさげで・・・視線もフワフワ定まらなくて、何だか危なっかしい。

ヨロヨロしてる瓶底をどうにか湯船に座らせて、体にシャワーを掛けてやる。

まだ湯はほんの少ししか溜まってなくて、体全部が温まるまでは暫く時間が掛かる。

だから、肩とか背中とかを擦りながらシャワーを掛け続けた。

「大丈夫か?お湯熱くない?」

瓶底は小刻みに震えていて、膝を抱えて小さく丸まってる。

「イルカ先生・・・寒い・・・。」

冷たい手が伸ばされて、オレの腕に縋る。

オレの顔を見ているはずなのに、視線が定まらなくてボンヤリしているように見えた。

「ちょっと・・・目、閉じてろ。」

頭からシャワーを掛けながら、ぴったりくっついて抱き締めてやる。

冷えた体を温めようと抱き締めた。

「オレの体温やるから・・・もっとくっついて。」

狭い湯船の中で、大人の男二人が抱き合って温め合う。

冷静に考えたら妙な光景だったろうけど、その時は瓶底を温めようと必死だったんだ。

背中に回された腕がだんだん温かくなって震えも治まってきて、やっと安心出来た。

その頃には湯も胸の辺りまで溜まって、風呂場全体が温かい湯気に包まれていた。

「イルカ先生あったかい・・・。」

腕の中の瓶底がボソリと言ったのを切っ掛けに、腕を緩めて少し離れようとした瞬間、

「やだ、嫌だ・・・離れないで!」

うるうる瞳を潤ませながらオレを見詰める。

こう・・・ズキューン!って胸を撃たれたような感じだ。マンガみたいに。

そんな可愛い顔でそんな声出すんじゃねぇよ!くそ・・・離れ辛いじゃねぇか。

ていうか、コイツさっきからテンションおかしい。

子供みたいに駄駄捏ねたり泣いたり、なのに色っぽい大人の振る舞いをしてみたり。

これってヒステリー状態?まだ混乱してるんだろうなぁ。

「大丈夫だから、落ち着いて。ほら、ここ狭いから窮屈だろ?少し離れるだけだって。」

背中を撫でながら言い聞かせて、腰を上げる。

「じゃぁ、手・・・つないで下さい。」

可愛く強請られて苦笑しながら手を握った。

瓶底はボンヤリした表情のまま、少し離れたオレを見詰める。

多分ハッキリとは見えてないんだろう。時折目を細めてオレを見てた。

「もう寒くない?」

「うん・・・あったかいです。あの、まだ信じられないんですけど・・・イルカ先生はオレを好き・・・なんです、よね?」

自信なさそうに不安そうに聞いてくるから、オレはキスして答えた。

「好きじゃなかったらこんなこと・・・出来ないだろ?」

「そう・・・ですよね。」

へへ、と照れ臭そうに笑ったけど、また目を潤ませ始める。

「何で泣くんだよ・・・。」

「イルカ先生が・・・目を合わせてくれなくなって・・・きっとオレの気持ちに気付いて嫌われたんだ、って・・・そう思ってたから。」

次次溢れる涙を指先で拭ってやる。

「嬉しいけど・・・信じられなくて。オレ、夢見てるんじゃないのかなぁ?」

「・・・夢じゃない。ごめんな・・・辛い思いさせて。オレはここに・・・本当に・・・好き、なんだ・・・。」

改めて瓶底を酷く傷つけていたんだと分かって、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

キスをした。ちゃんとオレの顔が見えるように傍まで寄って、何度も何度も。

「ハナちゃんはね、オレがイルカ先生を好きなこと知ってて、色色話も聞いてくれてたんですよ。」

「・・・へ?そうなの?」

「うん。応援してくれてる。ちゃんと彼氏もいるし、ほんとにただの友達なんです。」

彼氏いるんだ・・・。

・・・そんな大事なこと早く教えろよっ!

知らなかったばっかりに余計な嫉妬をして、無駄に瓶底を傷付けて・・・。

完全な八つ当たりだけど、そう思わずにはいられなかった。

そんな感情が顔に出たみたいで、瓶底は急に焦り出した。

「あ、あの・・・イルカ先生?何か怒った・・・?」

「別に・・・。オレが勝手にハナちゃんに嫉妬してただけ・・・だし。」

あ!と思ったらもう遅かった。

「・・・ハナちゃんに?」

信じられないみたいで、何回も口にした。

「ハナちゃんに嫉妬・・・。」

あぁぁーーー何回も言うなぁっ!

瓶底は嬉しそうに笑って抱き付いてきた。

「ほんとに・・・ほんとにオレのこと好きなんだ・・・!」

「い、今の・・・なしっ!」

「イルカ先生、ハナちゃんに嫉妬してくれてたんだ・・・。」

弾んだ声で嬉しそうに言うから、知られたくなかったことを認める破目になる。

「・・・うん。ハナちゃんにヤキモチ焼いてた・・・付き合ってるのかもって思ってたから。」

こんなこと知られたくなかったけど、瓶底が嬉しそうだからいいや。

オレが瓶底を好きなんだってこと、ちゃんと分かってくれたみたいだし。

「もう一回キスしていいですか?」

瓶底はそう聞いてきたけど、またオレの返事の前に唇を寄せてきた。

 

 

 

 

 

逆上せそうなくらい長湯をして風呂から出た。

きっと逆上せの原因は長湯だけではない。

散散キスしていちゃいちゃしてしまったから火照りまくりだけど、そのお蔭で冷え切ってた瓶底の体もホカホカだ。

水分を摂りながら暫くテレビを見たりして、明日も仕事の瓶底の為に早寝をすることにした。

・・・もう一組布団を買っておくんだった。

一つの布団に好きな相手と一緒に入る。それがこんなに緊張することだったなんて。

過去に数回そういうことも経験してるけど、今の比ではない気がした。

その上瓶底がくっつきたがるもんだから、オレは気が気じゃない。

今夜オレは眠れるんだろうか・・・。

「イルカ先生・・・寝た?」

「いや、起きてる・・・。」

瓶底も眠れないんだろう。上体を起こしてオレの顔を覗き込む。

電気も消して真っ暗なのに、じっとオレの顔を見続けた。

「何?」

「・・・キスしていいですか?」

構わないけど、この状況でキスなんかして、それだけで終われるんだろうか。

今度はちゃんとオレの返事を待ってた。

きっとこのまま横になってても眠れない。そうなったらそうなった時だし、ごちゃごちゃ考えるのは止めよう。

大人しく返事を待ってる瓶底に手を伸ばし、引き寄せてキスをした。

やっぱり『おやすみのキス』なんて軽いもんじゃ済まなくて、舌を絡ませ合って深く口付ける。

瓶底のキスは気持ちが良い・・・フワフワして蕩けそうな感じ。

「あのさ・・・何でこんなキス出来んの?誰かに教えてもらって?」

瓶底の過去にまで嫉妬してしまう。絶対オレより慣れてる感じだから・・・。

「ハナちゃんが『万が一そうなった時の為に勉強しとけ』って・・・。色色見て勉強したから。」

「見ただけ!?」

「はい。オレ何でもコピーするの得意って言ったでしょ?実際にキスしたのはイルカ先生が初めて。」

映画やらドラマやら本やらを見て覚えたことを、真似しているだけらしい。

オレが初めてだと聞いて嫉妬は治まったけど、心底驚いた。

見様見真似でこんなに気持ち良いなんて・・・凄すぎだろ。

ふと気が付くと上着を脱がされかけてて、驚いて飛び上がった。

いや、飛び上がろうとしたけど伸し掛かられてて動けなかった、ってのが本当。

コイツ手ぇ早すぎだろ!いや、その前に・・・何でオレが下になってんだ?

「ちょっと・・・待てっ!」

オレはキスを避けながら瓶底の胸を押してもがいた。

「オレが下!?」

「え・・・ダメですか?」

「カカシ先生こういうこと誰かとしたことあんの?」

キスが初めてだったんだから、こっちも初めてだと思ってたけど。

「ないですけど・・・勉強しました!」

いやいや、何だか得意気だけど、こういうことは経験者に任せた方が良いのでは。

そう言うと、

「イルカ先生・・・男の人相手に経験あるんですか?」

なーんて恐ろしい事を言われた。

オレはそんな経験豊富な人生は送ってねぇ!

「お、男となんて・・・ないに決まってんだろ!」

「女の人とはあるんだ・・・。」

責められてるみたいな口調だったので、意味もなく焦ってしまう。

「あ、あの・・・かなり昔の彼女と・・・一人だけ・・・だけど。」

「ふぅん・・・。昔の話・・・ですもんね。」

オレの昔の彼女相手に妬いてるみたいで、ちょっと嬉しくなった。

オレと同じように瓶底も嫉妬するんだ。

「何年も前の話だから。」

「うん。平気です。オレはそんな経験ないけど・・・いっぱい勉強はしたんですよ。男同士の資料もハナちゃんが貸してくれたし。」

今、聞き捨てならないことが聞こえた気がする。

「あのさ、オレが男だってことハナちゃんに話してんの?」

「はい、もちろん。」

そこは隠せよーーーっ!普通は好きな相手が男なんてことは隠すもんじゃ・・・。

「待て、ハナちゃんは何で男同士の資料なんて持ってんの?」

「ハナちゃん趣味でマンガ描いてるんですって。男同士の恋愛の話。」

魂消た。言葉が出ない。

ハナちゃんそんな趣味の人だったのか・・・。

「男同士だと女相手より大変だから勉強しとけ、って・・・。」

ぎゃーっ!そんなことを赤裸裸に言っちゃう人だったのか・・・。

あんなに可愛らしいのに・・・人は見かけによらないな。

「小説とかマンガとか、具体的に書いてるマニュアル本?みたいなのとか、いっぱい貸してくれました!」

瓶底はハナちゃんと一体どんな会話をしてたんだ・・・想像してこっちが恥ずかしくなってしまう。

「イルカ先生男同士のやり方知ってます?女の人とは勝手が違って、ちゃんとしないと二人共辛いらし・・・。」

わーーー!そんな具体的なこと聞きたくないっ!

瓶底の言葉を慌てて遮った。

「分かった分かった!・・・うん、もういいや・・・。」

恥ずかしくて居た堪れないし、驚きすぎて疲れてしまった。

瓶底がそこまで言うんならもういい。勉強してたのはオレの為だし、そう思うとちょっと嬉しい。

オレも男だ。覚悟を決めた。

「・・・次は交代だからなっ!」

ヤケクソのように言って目を閉じた。

その後は全部瓶底に任せっぱなし。

恥ずかしいから電気は消したまま、真っ暗な中で抱き合った。

時間は掛かったけど、思ってたより楽にオレは瓶底を受け入れられた。

勉強した!と胸を張って言うだけあって、口に出しては言えない恥ずかしいこともされたけど・・・恥ずかしくて死にそうだったけど・・・。

深くつながって一つになれた。

「イルカ先生・・・大丈夫?辛いよね?ごめんね・・・。」

辛くはない。好きな相手と抱き合ってるんだから、心は満たされて幸せいっぱいだ。

それに、オレは少しくらい辛くても、瓶底が喜んでくれる方が嬉しい。

「何で謝るんだよ・・・オレは大丈夫。カカシせんせ・・・は?ちゃんと気持ち良い・・・?」

頬を撫でて訪ねると、瓶底は何とも言えない切なそうな声を出した。

「オレ・・・死ぬなら今がいい・・・。」

キスしながらそんなことを言うから、オレは思わず頭突きを喰らわせてしまった。

「何・・・バカ言ってんだ。これから・・・ずっとオレと一緒に・・・楽しいこといっぱい・・・っ!」

思いっきり抱き締められて、その拍子に甲高い声が漏れた。

中が熱い。色んなトコが気持ち良くて、抑えきれずに声が漏れる。

「イルカ先生・・・好きです。大好きなんです・・・。」

苦しいんだか切ないんだか嬉しいんだか悲しいんだか。

何だかよく分からない、色んな感情が混ざったような声で言われた。

ぞくってした。背中が粟立つ。

胸も締め付けられる。『キュン』ってマンガにでも出てきそうな擬音がぴったりで。

あぁ、もう、どうしよう・・・愛しくて可愛くて、好きで好きで仕方ない。

体中から溢れ出てそうな・・・この気持ちをどうしたらいいんだろう。

瓶底の背中に腕を回して、力いっぱい抱き締め返してやった。

「オレだって好きなんだ・・・よ。大好きだ・・・。」

あー・・・何か泣きそうだ。胸が苦しくて泣きそう。

「動いて平気ですか?」

「ん・・・ゆっくり・・・。」

瓶底はずっと優しかった。

オレを気遣って気遣って、自分のことなんて二の次で優しくしてくれた。

「イルカ先生、声我慢しちゃダメです。この雨音だし、誰にも聞こえないから・・・我慢しないで。その方が楽だから。」

唇を噛み締めたり、手で覆って我慢してたのを気付かれてた。

「は・・・っ。く、そ・・・!瓶底の・・・クセにっ!や、それ、ダメ・・・あ、あっ!」

「今・・・は、眼鏡してないから・・・瓶底じゃないですよ。」

少し意地悪な声でそんなことを言いながら、オレの中と外を同時に気持ち良くさせる。

何でこんなに気持ち良いんだよ・・・。

「何でこんな・・・っ!ダメ・・・だって。そんなにしたら・・・んっ・・・も・・・もぅ、イ、く・・・っ!」

オレの後に瓶底も小さく呻いて、その時を迎えた。

「イルカ・・・先生。・・・大丈夫?」

荒い呼吸の合間からオレを心配する声が聞こえる。

そんなに心配しなくても大丈夫だって。オレだって男なんだから、それなりに体力だってあるんだから。

「・・・うん。」

大丈夫だって答えたかったのに、それしか出てこなかった。

思った以上に疲れてるみたいだ。

瓶底に顔を撫でられて、急に眠気に襲われる。

暗いままでって頼んだのはオレだけど、今はそれを後悔した。

瓶底がどんな顔でオレを見てるのか知りたい。

あのキレイな瞳にどうオレを映しているのか。

「イルカ先生・・・。」

オレの頭を撫でながらキスをする。好きだという言葉と一緒に。

どんな顔でオレの名を呼んでるんだろう。

笑ってくれてるのかな。

「うん。オレも・・・。」

心から満たされて、傍にある体温を感じながら、オレはそのまま眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 →22

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まだ終われません・・・何でこんなに長くなってんだぁ(-_-;)
でも次でほんとのほんとに終わりです。
ご覧頂きありがとうございました〜!

'10/12/31 葉月

 

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