瓶底先生 20
相変わらず雨は降り続けていて、大きな雨音が響いている。
瓶底は雨に打たれていたから全身ずぶ濡れだ。
早く風呂に入れて温めてやらなければと、放心状態の瓶底の手を引いて家に入ることにした。
瓶底は何も言わなかった。
家に入ろうと手を引いたら黙ってついて来た。
何も言わずにずっと俯いたまま。
何だか上の空で、オレが声を掛けてもろくに返事もしない。
つないだ手だけはぎゅっと握り締めていたけど。
ドアの前で鍵を開けるから手を離すように頼んだら、やっと我に返ったようだった。
すみませんと小さく言って、手を離したら一歩下がった。
そこからオレをぼんやり見ていて、ドアが開いても動こうとしない。
鍵を出したついでにタオルも出して、頭と顔を軽く拭ってやった。
瓶底は擽ったそうにして、少し笑った気がする。
それから、また手をつないで部屋の中に入った。
冷えた手がオレの手を強く握り返す。
扉の中に引っ張り込んで鍵を閉めようと振り返った時、漸く瓶底が動いた。
つないだ手を離そうとしないからオレは空いた手で鍵を閉めることになって、体を捻らせて必然的に妙な体勢になる。
体が密着して、直ぐ傍で瓶底の声を聞くことになった。
「さっきの・・・『こういうこと』って・・・?オレ・・・嫌われ・・・。あの・・・キ、ス・・・何で・・・?」
まだ電気を点けていなかったから真っ暗だ。
どんな顔をしているかは見えない。
けど、混乱してるらしいのは分かった。
「勝手にあんなことしてすみません。・・・オレ、・・・そのぉ・・・・・・カカシ先生のこと好きになっちゃったもんでっ!」
最後は早口で勢いに任せて言った。
真っ暗で何も見えないし、嫌な顔されても分からないから良かった。
明るい所で面と向かって告白なんて、瓶底の反応を想像したら怖かった。
まぁ、後で色色ぶっちゃけないといけないけど、これで少し気持ちは軽くなったかも。
「後でちゃんと話すからとりあえず風呂入ろう。気持ち悪いことしてごめ・・・わっ!」
言い終わる前に抱き付かれた。
いや、胸の中に抱き締められたって感じ。
身長はさほど変わらないはずなのに、自分が小さくなったように感じた。
コイツってこんなにでかかったかな。
「今の・・・ホ、ホント?オレのこと嫌いじゃないんですか?オレのこと・・・す、好き、なん・・・ですか?」
最後の方は不安気に、ごにょごにょと小さくなっていった。
「その・・・あー・・・うん。・・・好きなんですよ・・・実は。」
顔が熱い。絶対真っ赤だ。
今度はオレが混乱する番だった。
抱き締められたままキスされてしまって、頭がグルグルする。
さっきオレがしたのとは違う。優しいけど激しい。
瓶底のこんな行動は全く予想してなかったもんだから訳が分からなくて。
何で?何でコイツからキスしてくるんだ?
「ちょっ・・・何・・・お、落ち着けって・・・。」
離れろって言っても嫌だの一言で返されてしまった。
抱き締められちゃってるから身動きがとれない。
ついでに、何時の間にやらオレの背中はドアに押し付けられちゃってるし。
逃げ場が無かった。
きっと本気で抵抗して一発殴りでもしたら離れただろうけど、好きな相手にそんなこと出来るはずもなく、されるがままだ。
それに、実を言うとキスが目茶苦茶気持ち良かったりした。
こう・・・うっとり力が抜けちゃう感じ。
何処でこんなの覚えたんだろ・・・と思った直後、ハナちゃんの顔が浮かんだ。
途端に嫉妬の炎がメラっと燃え上がる。
ムカつく。気持ち良いけどムカつくっ!
思いっきり顔を背けて拒否してやった。
「や、めろっ!てば・・・っ!」
やっと解放された唇からは荒い息が漏れる。
オレも瓶底も息が上がってしまっている。
相変わらず体は抱き締められて密着したまま。軽く体を捩ってみたけど、瓶底は離れなかった。
「・・・ごめんなさい。舞い上がっちゃって・・・。」
顔を摺り寄せながら切なそうな声でオレを呼ぶ。
何回も何回も、オレの名を呼ぶ。
「オレもイルカ先生のこと好きです。」
ハッキリとそう言って、オレのことをぎゅーっと抱き締めた。
くっついて離れようとしなかった。
そうか。瓶底はオレのことが好きなのか。・・・そっか。
「えーっと・・・あれ?」
脳ミソの動きが恐ろしく鈍い。軽く思考停止しちゃってる感じ。
好きだと言われて嬉しいけど、何か大事なことが抜けてる。
あ、ハナちゃんだ!
「ちょっと待て。ハナちゃんは?」
「ハナちゃん・・・?オレが好きなのはずっとイルカ先生だけです。」
「ハナちゃんと付き合って・・・ないのか?」
「何で?イルカ先生が好きなのに。オレが好きなのはずっとイルカ先生だけです。ハナちゃんは友達です。」
「あぁ・・・そう・・・。」
何だか力が抜けた。
全部オレが考え過ぎてただけだったのか。
悪い方へ悪い方へ誤解したまま、それが正しいんだと思い込んでしまっていた。
「何か・・・ごめん。オレ勝手に勘違いしてた。・・・てか、じゃぁ何であんなキス出来たんだ?誰と!?」
「あんな?」
「そう!力抜けそうなあんな気持ち良いの何処で覚え・・・。」
言ってる内に恥ずかしくなってきた。
オレ何言ってんだ・・・嫉妬丸出しじゃないか。
あぁ、暗くて良かった・・・。
「気持ち良かったですか?」
「・・・うん。良かった。」
恥ずかしかったけど正直に答えたら、瓶底は嬉しそうに声を弾ませた。
「もう一回してもいいですか?」
一応そう聞いてきたけど、返事を待たずに再び唇を寄せてきた。
オレの名前を囁きながら、オレを好きだと何度も言いながらキスをする。
あぁ、気持ち良い。何でこんなに気持ち良いんだろう。
オレは夢心地でキスを受けた。
恐る恐る瓶底の背に腕を回して、抱き締め合ってキスを続ける。
何も入る隙がないくらいくっついて、ぎゅっと互いの体を抱き締めて。
「はぁ・・・風、呂・・・ふっ。」
「うん・・・ん・・・。イルカ先生・・・好き。」
何度か風呂に入ろうと促してみたけど、瓶底は生返事ばかりで一向にキスを止めようとはしない。
好きと言われたら嬉しくて腕に力が入る。それに反応した瓶底もまた、オレをぎゅうぎゅう抱き締めてキスをして。
そんなことの繰り返しで離れられなかった。
瓶底は暖かかった。雨の所為で冷え切っているはずなのに、とても暖かい。
きっとオレの体温も上がってる。
好きな相手と抱き合ってキスしてるんだから当然だ。
長くキスしてたら当然体も反応してくるわけで・・・。
これはいかん。非常によろしくない状態だ。
身長は同じくらいでぴったりくっついてんだから、このまま抱き合ってたら気付かれる。
オレは熱くなり始めてる下半身に気付かれないように、少し体を離そうとした。
けれど、瓶底は離してくれなくて、「やだ」の一言でキスを続ける。
やだ、ってアンタ・・・。オレも離れたくないけどさ・・・ここは玄関なんだよ・・・。
コイツは熱くなってこないんだろうか。オレだけ?
そんなことを考えてたら、腰を抱き寄せられて更にぴたっとくっつかれた。
何度も言うが、オレと瓶底の身長差は数センチ。
抱き合ったらほぼ同じトコが当たるのだ。
顔も、胸も、下半身も。
瓶底も熱くなってるのに気付いて、オレは少し安心した。
オレだけじゃなかった。コイツも気持ち良いんだ。
いやいや、ホッとしてる場合じゃない。
こんな場所でこんなこと・・・場所を変えればいいってもんでもないと思うけど・・・。
とにかく、こんなトコでこの状況はよろしくない。・・・と思う。
そうこう考えてる間にもキスは続けられてて、触れ合う下半身にはどんどん熱が集まる。
「イルカ・・・先生・・・っ。」
時折オレの名を呼ぶ瓶底の声が、熱っぽくて色っぽいものになってくる。
「こんな場所で」と冷静な自分もいるんだけど、「もう気持ち良いしどうでもいいや〜」って自分のが強くなってきちゃって・・・。
何かもう頭ん中はぐっちゃぐちゃだ。
正直、自分がどうしたいのか分からない。
気持ち良くてクラクラするし、今この状態で離れられても辛いし。
それから、瓶底が気持ち良さそうな声でオレの名を呼ぶのを、もっと聞きたいって思ってしまって。
あぁ、ダメだって・・・そんな声出すなよ・・・。
くそー気持ち良過ぎんだよ・・・っ!
こんなの・・・止められるわけねぇじゃねぇか・・・。
キスしながら擦り合わせてるだけなのに。それだけなのに、もうイってしまいそうだ。
限界はオレより先に瓶底に訪れた。
キスの途中で小さく呻いたと思ったら、
「ごめ・・・ご、めん・・・なさい。オレ・・・何か・・・夢中で・・・止められなくなっちゃって・・・。」
荒い呼吸の合間に泣きそうな声で言った。
「ごめんなさい。イルカ先生・・・嫌いにならないで・・・ごめんなさい。」
縋るようにオレの名を呼んで何度も謝る。
酷く混乱してる様子で、何に対して謝ってるのかも分かっていないような。
落ち着かせようとゆっくり背を撫でてやった。
「大丈夫・・・大丈夫だから落ち着けって。嫌いになんかならないって。オレだって・・・その・・・。」
あと少しでイきそうだったんだ。
なんて、そんなことはさすがに口に出せなくて、黙って深呼吸を繰り返した。
この状況はかなりキツイ。
あと少しの刺激でイってしまいそうなところを止められてんだから。
いっそ自分で触れて出してしまいたい。
とにかく少し離れようと身を捩ると、瓶底の手がオレの腰辺りに触れた。
器用に片手でオレの前を寛げ、下着の中に手を進める。
「わっ、バカ・・・何する・・・そんなの・・・いいって!」
一応拒否はしてみたものの、そんなので瓶底は止められなかった。
「お願い。オレに・・・。」
囁かれて抵抗する気も無くなった。
直接手で触れられ、ゾクっとして腰が震える。
いくらも保たなかった。
瓶底の声も手も、全部が気持ち良くて・・・あっという間にイってしまった。
あまりの快感に力が抜ける。
足に力が入らなくてへたり込みそうなオレを、瓶底は力強く抱き締めて支えてくれた。
「悪い・・・力、抜けて・・・。」
「大丈夫。オレがちゃんと支えてるから・・・。」
頼もしい言葉に思わず笑みが零れた。
恥ずかしいとかこんなトコでとか、そんなこと吹っ飛んで、ただ、傍にある温もりが愛おしいと思う。
「あのさ、さっきも言ったけど・・・。」
さっきは勢いで言っちゃった気がするから、オレが瓶底のことを好きだということを、改めて口にしておいた。
オレの気持ちがちゃんと伝わるように。
辺りは真っ暗で、ドア一枚隔てた外からは強くなってきた雨音だけが聞こえる。
抱き合ったままの瓶底の体温、それに規則正しい呼吸と鼓動。
暗闇の中でそれだけを感じていた。
「・・・嘘みたい。夢みたい。信じられない・・・イルカ先生がオレのこと好きになってくれるなんて・・・。」
オレを抱き締める腕にぎゅうっと力を込めて、瓶底は搾り出すような声でそう言った。
「オレも・・・オレも、イルカ先生のこと・・・好きです。凄く、凄く、好きです。」
声は震えていて、泣いているように聞こえる。
腕の力は弱まることなく、少し痛いくらいに抱き締められたままだ。
だから、オレもそれに負けないくらいに、瓶底を思いっきり抱き締めた。
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ここら辺の色っぽいトコはさらっと軽くいくつもりだったんですよ。ほんとは。
あれもこれもと思ってる内に長くなってもて終われませんでしたわーとほほ(-_-;)
ダラダラすみませーん。
ご覧頂きありがとうございました〜!
'10/12/31 葉月