瓶底先生 2

 

 

 

 

 

驚いて返事に困ってる瓶底を強引に連れ出して駅前の居酒屋に入った。

二人向かい合って座る席に通され、お手拭を手に絡めながら声を掛ける。

「生1つ、っと。カカシ先生何します?生でいいですか?」

「あ、はい・・・。」

「生2つと、枝豆もお願いします。」

店員が席を離れたところで、沈黙が流れた。

何だか気まずくって、暫く二人共黙りこくってた。

何か話題ねーのかよ・・・。あ〜こっちから話し掛けないと動かないヤツだったな・・・。

「あー、カカシ先生はお酒強い?よく飲まれるんですか?」

「いえあんまり・・・。強く・・・もないと思います。」

「そうなんですか!?ビール頼んじゃったけど大丈夫?」

「あ、嫌いじゃないんで大丈夫です・・・。お気遣いありがとうございます。」

おぉ、礼儀正しい!やれば出来るじゃないか!何て思ってるとビールと枝豆が届いた。

「とりあえず乾杯しましょ!はい、カンパーイ!」

グラスをコンっと合わせてビールを煽る。

瓶底はそこでやっとマスクを外した。

初めて見るマスクの下は・・・鼻筋は通ってるし口元は引き締まってキリっとした印象だし。

おぉぉっ!整ったパーツ持ってんのに何で隠してんだ!勿体無い!

コッソリ心で思った。

 

 

 

 

 

暫くして料理が運ばれて来た。

途切れ途切れに言葉を交わしながらせっせと料理を口に運んでいると、緊張した面持ちで瓶底が口を開いた。

「・・・あの、今日は・・・ご迷惑をお掛けして本当に申し訳・・・ありませんでした。」

少し震えた小さな声だったけど、最後まできちんと言い切って頭を下げた。

驚いた。驚いて箸が止まった。

まさか瓶底が自分からこの話題に触れるとは。

オレはこいつを非常識で自分勝手な大人だと思ってたけど・・・違うのかも。

「ありがとう」と「ごめんなさい」って言葉はとても大切だとオレは思ってる。

大人になると中中素直に口に出せない人が多いのだけど。

オレは素直に口に出来る人間は好きだった。

一気に瓶底株が上昇した。

うん。根はいいヤツなのかも。

「カカシ先生、顔上げて下さいよ。ほら、オレは迷惑なんて掛けられてないし。」

迷惑といえば園長の方に掛かってると思う。でもそれは敢えて口にしない。

優しく声を掛けると、瓶底は尚も頭を下げたまま続けた。

「オ、オレ、気が動転しちゃって全然動けなくて・・・。」

だんだん涙声になる瓶底にこっちが動転してしまった。

・・・な、泣いてる!?うわー子供みたいだこの人!

「ちょ、泣かないで下さいよ〜カカシ先生!」

「オレの手が届いてたらあんな怪我させずにすんだのに・・・。」

あぁ、やっぱり普通は気にするよな・・・自分を責めるよなぁ・・・。

今日ここに来れて良かった。

あのまま帰していたら、瓶底は最悪保育士を辞めるなんて選択をしていた可能性もあるわけで・・・。

それほど思い詰めているようだった。

「カカシ先生、あれは事故ですよ。もう起きてしまったことをあれこれ悔やんでも何も始まりません。」

瓶底は俯いたまま両手で顔を覆って肩を震わせていた。

「子供に怪我は付き物です。今回のは少し大きかったですけど・・・。」

出来るだけ優しい口調で話した。

「忘れろ、とは言いませんけど、防ぎようのない怪我は有るもんです。」

それを出来るだけ防ぐように努力するのが大人の役目だとオレは思ってます。

手を延ばして瓶底の頭をゆっくり撫でる。

「カカシ先生もう泣かないで下さいよ・・・。ね?」

ポンポン、と軽く頭を叩くと漸く瓶底の顔が見えた。

「・・・すみません。」

恐縮して縮こまる瓶底を手招きして顔を寄せた。

「こんなこと言ったらなんだけど・・・、今回は良かったですよ〜。ほら・・・さんとこだと大変でしょ?」

誰が聞いているか分からないから殊更小声で伝えた名前。

どこでもいるんだ大変な保護者ってのが。

擦り傷一つ負わせようものなら直接園長に怒鳴り込む超過保護な親。

そんな子供が今回の怪我でも負おうものなら今頃こんなとこには居られないはずだ。

口角を上げて悪戯っぽく笑い掛けると瓶底も少し笑った。

「ほんとだ。オレ今頃病院行きかも・・・。」

ぷぷっと顔を合わせて笑った。

「ね、クヨクヨしてたらキリないですよ。明日からまた頑張りましょうね!」

何だか説教くさく語ってしまったのが気恥ずかしくて、そんな気分を誤魔化そうとビールを口に運んだ。

「イルカ先生・・・っていい人・・・。」

言いながら涙を拭おうと瓶底が眼鏡を外して、その瞬間オレは瓶底の顔面に派手にビールを吹き掛けた。

だって眼鏡の下から現われた素顔があまりにも整っていたから。

「す、すす、すすすすすいませんっっ!!!」

ひー!何て失礼な真似を!いくら驚いたからって!

温和な瓶底でもこれはキレるかも。

慌ててタオルを出してゴシゴシと顔にかかったビールを拭き取った。

瓶底がやんわりとオレの手を止める。

「イルカ先生・・・すみません痛いです。」

「か、重ね重ねすみません・・・。」

瓶底は気分を害した様子も無く優しく笑った。

あれ?

「カカシ先生、カラコン入れてるんですか?左目が・・・。」

オレがそう言うと瓶底はもの凄い速さで手で左目を覆った。

そのまま俯いてじっと動かなくなった。

「・・・すみません。もう見えちゃいました。」

びくっと瓶底の肩が動く。

左目の瞳から少しずれた黒のカラーコンタクト。

その下にあった色の明るい瞳。

キレイな色をしていた。

その左目を跨ぐ様に頬まで伸びる傷跡も、それすらキレイに見えた。

オレは席に着いて声を掛けた。

「カカシ先生、ほんとにごめんなさい・・・。・・・でも凄くキレイですよ?」

その言葉に反応してぴくりと動いた。

「・・・キレイ?」

ノロノロと顔を上げる。

「えぇ!とっても!キレイな色の瞳ですね!」

「・・・オレ、この目の所為で苛められて・・・。傷もあるし、気持ち悪い、って。」

「気持ち悪い」なんて言葉を辛そうに、でも自嘲気味な笑みを浮かべながら口にする瓶底の姿が悲しくて、痛々しくて。

オレはほんとにキレイだと思ったから。

信じて欲しくて、明るい声で勢いをつけて言った。

「そんなこと・・・!本当にキレイです!傷なんてほら!オレもありますよ!」

鼻の上の傷を撫でてニカっと笑い掛けると、瓶底は小さく溜息を吐いて左目の上の手を下ろした。

徐に鏡を取り出し、コンタクトを外した裸眼でオレを見つめた。

「ほら。両目の色が違うんです。・・・これでもキレイと?」

瓶底は悲しげに微笑んだ。

その微笑は男のオレでも見惚れるほどで。

形の良い唇。

キレイに通った鼻梁。

少し眠そうな目を縁取る長い睫。

左右の色が違う瞳。

左目を跨ぐ傷跡。

そのパーツがバランス良く並べられた顔。

悲しげな微笑が儚げで。

男相手にこの形容詞はおかしいのかもしれないけれど、キレイだと思った。

瓶底の素顔はとてもキレイだった。

 

 

 

 

 

 →3

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は、半年以上放置してしまった!ってばよーーー!
やっとカカシ先生の素顔出た(^-^;
まだまだ続きます・・・。
次はもっと早く出せるように頑張ります〜♪
ご覧頂き、ありがとうございました!

'06/10/8 葉月

 

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