瓶底先生 12
蒸し暑くて目が覚めた。
クーラーが切れている所為で酷く暑い。
リモコンを探す為に寝返りを打つと、真正面に瓶底のアップがあって、思わず声を上げてしまった。
瓶底の目が開かなかったことにホッとしつつ、リモコンでクーラーのスイッチを入れる。
暫く待ったらやっと涼しい風が部屋に広がり、人心地ついてオレは起き上がった。
昨夜風呂に入らなかったから少し体がべたつく。
風呂を借りようと瓶底に声を掛けようとしたけど、相変わらず横でグッスリ眠っている。
あまりにもよく眠っているから声を掛けにくくて、そのままじっと寝顔を観察してみた。
ほんとコイツってば整った顔だ。
睫毛長いなぁ。
ふとした悪戯心で、爪の先で睫毛をちょんちょんと触ってみた。
瓶底は嫌そうな顔をしながらぎゅっと目に力を込める。
「ぷっ。おもしろ。」
オレは面白がって何度かちょんちょんと触ってみた。
「・・・うー。もーーーっ!」
低く呻りながら手を顔の周りで振り回して、オレを退けようと必死だ。
寝惚けた感じで怒られてしまった。
「ごめんごめん!あの・・・風呂借りてもいい?」
ポンポン、と肩を叩きながら控えめに声をかけたら、瓶底は薄っすら目を開けて指差しながら言った。
「あそこにバスタオルと着替え用意してる・・・から。どぞ・・・。」
何とかそこまで言って、瓶底はまた眠る。
邪魔してごめんな〜と心の中で謝りながらバスルームへ向った。
瓶底が指差した先には、バスタオルと着替えと、新品の下着まで用意されていた。
昨日は泊まるつもりなんて無かったから、着替えは用意して来なかった。
気を遣って眠る前に用意しておいてくれたんだろう。
何て気の利くヤツなんだ!とオレは感激した。
ほんといいヤツ。
シャワーを浴びて戻っても、まだ瓶底は寝てた。
熟睡してる。
昨夜はオレが邪魔でよく眠れなかったのかもしれない。
オレが寝やすいように、自分は布団の端っこで寝てたっぽいし。
瓶底は本当に優しい。
オレ相手にそんなに気を遣わなくても、って思うくらい何かと気を遣ってくれる。
「一人で頑張って生きて来たんだよなぁ・・・えらいぞ。」
寝顔を見てたら何とも言えない気分になって、よしよし、と頭を撫でた。
コイツに沢山の幸せが訪れればいい。
それから、布団からはみ出て眠っている瓶底を真ん中までゴロゴロ転がして、オレは隅に座った。
暫く大人しくボーっとしていたけど、瓶底が全く起きる気配が無いので、テレビをつけた。
音量を落として、流れてくる番組をまたボーっと見て。
長いことそうしていたけど、まだまだ瓶底は目覚めそうになかった。
もう昼も過ぎる頃になり、そろそろハラの虫が騒ぎ出す。
昼ご飯の予定なんて話してなかったから、当然この家に食料は無い。
瓶底が寝てる間に買い物に行って、料理をしておこう。
それから瓶底を起こして一緒に昼ご飯を食べればいい。
いいことを思いついた、とオレは準備をして、近所のスーパーへと急いだ。
瓶底の好きな茄子の味噌汁を作ろう。
あとは卵焼きと、もう一品くらいあれば十分だろう。
野菜売り場で茄子を見て、マーボー茄子が食べたくなったから、もう一品はそれにしようと思った。
今日の昼ご飯は、茄子の味噌汁と、卵焼きと、マーボー茄子。それだけあれば十分だ。
家に戻ってもまだ瓶底は布団の中に居た。
オレは瓶底を起こさないように、静かに昼ご飯の準備を始める。
目覚めた瓶底はどんな反応するかな、とか想像しながら作ってたら楽しくなってきて。
鼻歌なんて口ずさみながら浮かれて作った。
「イルカ先生・・・。何してるんですか?」
あと少しで出来上がるって時に瓶底に声を掛けられた。
「あ、おはようございまーす。キッチン勝手に借りてます!」
「おはよーございます。ご飯・・・作ってくれてるんですか?」
オレの真後ろに来て、手元を覗きながら言った。
「うん。顔洗ってきたら?もう出来上がるから。」
そう言っても瓶底は暫く動かなかった。
オレの手元をじっと見て。
「どうしたんですか?もう出来るよ?」
チラっと見ながら急かすと漸く動いた。
オレのシャツの裾を緩く掴みながら小さな声で、
「ありがとうございます。」
と言った。
「どういたしまして!」
離れる気配がしたから振り返って瓶底を見た。
特別変わった様子は無かったけど、さっきの変な間が気になって。
「・・・何だったんだ?」
オレは首を傾げながら料理をテーブルへ運んだ。
顔を洗い終えて戻った瓶底は、ご飯を前に嬉しそうに笑った。
「美味しそう・・・。目が覚めてご飯が出来てるって何か幸せです。」
ニッコリ笑って言うもんだから、オレはほんと作って良かった、って思った。
テレビを見ながら、少し遅めの昼食を取る。
味はまあまあ悪くはない出来だと思う。
けど、瓶底は黙黙と箸を動かすだけだ。
何だろう。何か機嫌悪いのか?
オレがチラチラ何度も見てたら、瓶底はやっと視線に気付いたようで、顔を上げて目を合わせる。
「・・・あの、不味かったら無理しないでいいですよ?」
瓶底が何も言わないから、ちょっと不安になってそう声を掛けたら、
「え!違います!ごめんなさい!何か、その・・・感激しちゃって。美味しいです。すいません・・・。」
慌てて大袈裟に手を振りながらそう言った。
「起きたらご飯作ってくれてて、イルカ先生優しいなぁって。・・・何かお母さんってか、家族みたいだなって。」
えへへ、と照れ臭そうに笑うから、オレもホッとして笑った。
お母さんかぁ・・・。
そういや、瓶底が寝てる間にご飯を作るなんてことしたの初めてだし。
普段は一緒に作るか、出来てる物を買って来るかだしなぁ。
瓶底の言いたいことが少し分かった気がする。
家族の休日の食卓ってこんな感じなのかもしれない。
その後は、色んなことを喋りながらご飯を食べた。
瓶底は「美味しい美味しい」を連発して、嬉しそうに次次と掻き込む。
時時詰まらせて咳き込むから、慌ててお茶を入れてあげたり。
「逃げやしないんだから落ち着いて食べなさい。」
なーんて、まるでお母さんみたいなことを言ってみたり。
瓶底も素直に「はーい」と返事をして、時間を掛けて全部平らげた。
ほのぼのとした昼食の時間が終わって、二人で一緒に後片付けをして。
暫く食休みを取った後、そろそろ帰ろうと腰を上げた。
瓶底はもう帰るのかと残念そうにしたけど、オレも帰って洗濯やら掃除やらしておきたい。
そう告げると、瓶底は本当に寂しそうな顔をしたから、
「また来週も来ますよ。もしかして、昨日の約束忘れてません?」
そう言ってやると、瓶底はパッと顔を輝かせた。
犬みたいだ。
ないはずの尻尾をブンブン振り回してるのが見えた気がする。
オレは笑いを堪えながら続けた。
「オレ、カカシピアノ教室に本気で毎週通おうと思ってたんですけど・・・。」
迷惑じゃなかったら、と続けようとしたら、それを途中で遮って、
「ぜんっぜん迷惑なんかじゃないです!ていうか、毎日でも全然OKです!」
オレの手をぎゅうぎゅう握り締めながら弾んだ声を上げた。
「いやいや、毎日はしんどいでしょ。」
冷静に突っ込んで、二人で顔を見合わせながら笑った。
「それじゃ、また来週の日曜に。」
結局、土日のどちらか二人の都合のいい方で、ピアノ教室を開いてもらうことになった。
来週はオレが土曜は半日出勤なので、日曜になった。
来週の日曜が待ち遠しい。
昼前には瓶底の家に来て、数時間ピアノの練習をして、夕方から一緒にご飯を食べるという約束だ。
これから毎週そんな週末が待っていると思うと、どうにも気分がウキウキする。
ピアノを教えてもらえる、というのも嬉しいけど、毎週誰かと一緒にご飯を食べれる、というのが嬉しい。
やっぱりご飯は一人きりより誰かと一緒に食べた方が美味いに決まってるし。
瓶底も「楽しみにしてます」と言ってくれたのが、オレは何より嬉しかった。
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イルカが帰った後、カカシは一人でボーっとテレビを見ていた。
視線はテレビに向いていたが、別のことを考えていたから内容は全く頭に入って来ない。
今日初めてイルカに触れたいと思ってしまった。
目が覚めたらイルカがご飯を作ってくれていて。
凄く楽しそうに作っていたから、思わず声を掛けるのを躊躇った。
イルカが居るのが嬉しくて。楽しそうにしているのが嬉しくて。
好きな人が自分の為に何かしてくれるのがこんなに嬉しいことだなんて。
涙が出そうなくらいに嬉しかった。
少しの間見惚れて。
近寄って優しい言葉を掛けられた時、抱き締めたくなってしまった。
後ろから抱き締めて、きつく抱き締めて、イルカの体温を感じたくなってしまった。
その衝動を抑えるのが大変だった。
「ふぅ・・・。」
カカシは膝を抱えて丸くなった。
その時のことを思い出して、動悸が激しくなる。
顔も赤い。
「イルカ先生・・・。」
ついさっき別れたばかりだというのに、もうイルカが恋しい。
大好きだと思う。
逢う度に好きの気持ちは大きくなっていく。
次の日曜から、イルカが毎週家に来る。
今までは自分が押し掛けてばかりだったから、素直に嬉しい。
反面、今の自分の気持ちを隠し通せるか少し不安だ。
今日のようなことが頻繁に起こったら抑え切れるか。冷静でいられるかどうか・・・。
不安は次次と膨らむ。
それでも。
やっぱりイルカとの約束が嬉しい。不安よりも強い。
「頑張れ・・・自分。」
小さく自分を励ます言葉を吐き出して、カカシは膝を抱く腕に力を込めた。
「そうだ。報告!報告しなきゃ!」
そう呟いてカカシは携帯を手に取った。
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今回はイルカ側とカカシ側と両方入れてみました〜。
ご覧頂きありがとうございました〜!
'08/11/15 葉月