瓶底先生 11
「イルカ先生?・・・寝ちゃったんですか?」
カカシはイルカの顔を覗き込んだ。
涙の痕を残して、イルカは静かな寝息を立てている。
カカシの肩に掛かる息が熱い。
イルカを起こさないように床にそっと横にし、布団を敷いてその上に寝かせる。
タオルケットを被せながら声を掛けた。
「イルカ先生。オレ、シャワー浴びて来ますね。イルカ先生は明日入る?」
小さく耳に入れると、イルカは寝返りを打ちながら、
「ん・・・ごめ・・・。」
そう言って、再び寝息を立て始めた。
そんなイルカの姿に自然と笑みが零れる。
「おやすみなさい、イルカ先生。」
電気を消して、風呂場へ向かう。
シャワーを浴びている間、ずっとイルカのことを考えていた。
「イルカ先生・・・。」
時時口の中で呟いてみる。
その名前を口にするだけでこんなに幸せな気分になれるなんて。
カカシは今幸せでいっぱいだった。
今はただ、イルカの傍に居られるだけで幸せだった。
多くを望んではいけない。
傍に居られる幸せを大切にしなければいけないと思う。
シャワーを終えて部屋に戻ると、小さな鼾をかいて眠るイルカが居た。
その枕元に座り込んで、暗闇の中で寝顔を見詰める。
「イルカ先生?・・・イルカ先生。イルカせんせい・・・。」
小さな声で何度も呼んだ。
イルカは眠っているのだから返事は無いけれど。
目の前に居ることが嬉しくて。
「大好き。」
万が一にもイルカの耳に届かないように、口の中で小さく小さく呟いた。
他人に指摘されて気付いたこの想い。
『イルカは特別なのね。』
『その人のこと好きなんだね。』
最初はただ人として好きなだけだった。
けれど、今は恋愛感情の好きに変わった。
特別な存在に変わった。
「イルカ先生はオレの月の光なんですよ。」
真っ暗だった人生に差し込んだ光。眩しいけれど優しい光。
楽しくて、親切で、優しいイルカ。
自分の為に泣いてくれるイルカ。
イルカの笑顔をずっと見ていたいと思う。
イルカの為に何かしたいと思う。
イルカの為なら何でも出来る気がした。
まさか自分がこんなことを思う日が来るなんて。
こんなに人を好きになれるなんて思ってもいなかった。
カカシは長い時間イルカを見詰めていた。
目が慣れて、暗い部屋の中でもイルカの顔はよく見える。
カカシはゆっくりと手を持ち上げて、イルカの頬の傍まで伸ばした。
躊躇って、触れる寸前で止める。
それから、長い時間そうしていた。
イルカの頬の直ぐ傍にカカシの手がある。
あとほんの少し手を伸ばせばイルカの頬に触れる。
体温が伝わってしまいそうなほど近い距離だ。
カカシはイルカに触れたかったけれど、あと少し伸ばせば触れる距離だったけれど。
「ダメ・・・ダメだ。『取り返しのつかないことをしたら傍に居られなくなる』・・・そんなの、絶対嫌だっ。」
自分に言い聞かせるように何度も何度も呟いて、溢れ出そうな感情を押し殺して。
長い溜息を吐いた後、カカシは漸く手を引いた。
少し苦しそうに眉間に皺を寄せ、ぎゅっと目を閉じる。
今度は短く息を吐いて、目を開けてもう一度イルカの寝顔を見た。
イルカの顔を見ると自然と笑みが浮かぶ。
―イルカ先生、大好きです。
もう一度心の中で呟いて、カカシはイルカを起こさないように静かに横になった。
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今回はカカシ視点。
瓶底もうちょっと続きます。
ご覧頂きありがとうございました〜!
'08/9/29 葉月