そして君との生活を





 ある日イルカがカカシの家を訪ねると、どういう訳かカカシは居なかった。留守にしていたのではない。もうそこには住んでいなかったのだ。
 お互いに忙しくて、カカシとは一週間前に会ったきりだが、それまではここに住んでいたはずだ。引っ越す予定があるとは聞いていなかった。
 一体どうしたのかとイルカは思ったが、引っ越す予定も引っ越し先も教えてもらえないなら、所詮それまでの関係という事だろう。始めからカカシに一方的に迫られてずるずると続けていた関係だったから、カカシがイルカに愛想を尽かしたのなら、引っ越し先を教えてくれなくても当然だ。
 だから、きっと愛想を尽かされたのだ。
 カカシの部屋は、もぬけの殻だった。元から物がある部屋では無かったから、引っ越す前も引っ越した後も大した変わりは無かった。ただベッドが無くなった、くらいの印象しか持てない。でも幾分か部屋が広く見えた。
 この部屋はカカシが居ても生活感が無かったけれど、でもそこにはやっぱりカカシが居た。今は、人の住む気配すらしない。
 カカシは引っ越したと言っても同じ里に居るのだろう。引っ越し先はすぐに分かるし、カカシにも会える。でも、引っ越し先を、引っ越す事を教えてくれなかった事が、この関係は終りだと告げているようだった。
 終りなのか―
 イルカは呆然とした。

 声を掛けたのはイルカからだった。
 カカシがナルトの担当上忍だったからだ。アカデミー卒業生を送り出すイルカは、生徒を受け継ぐ上忍たちに挨拶をしに行った。カカシもその一人だった。特にカカシはあのナルトの担当だったから、イルカはなるべくカカシとお近づきになって、ナルトの状況を知りたかった。
 そしてイルカが望んだ通り、カカシとは親しくなった。食事をしたり、飲みに行ったり。カカシはナルトのこともよく教えてくれたし、ナルトやサスケやサクラにとって良き指導者だった。
 イルカはカカシに好感を持った。好きだった。でもそれは、あくまで人として好きという意味で、先輩として尊敬していただけだった。それ以上でも以下でもない。
 でも、いつの間にか、それ以上の関係になっていた。
 それは、たった一晩のことだった。
 酔った勢いか、それともカカシは本気だったのか、ある晩、キスをした。切欠は、たったそんな事だった。それが相当盛り上がったのか、そういう流れだったのか、それから二人は抱き合った。
 そして悪かったのは、翌日イルカがそれを覚えていなかったことだった。酔っていた所為だ。でもカカシはしっかりと覚えていた。それがまた悪かった。
 イルカが何一つ覚えていなかったから、ひどいひどいとカカシは言い掛かりをつけ、半ば脅迫のようにして二人の関係が始まった。イルカにたぶらかされて遊ばれたと言い触らすと、カカシは脅した。アカデミー教師であるイルカにそんな噂が立てば一溜まりも無い。槍玉に挙げられてクビである。だからイルカは、渋々カカシとの関係を始めた。
 でも一緒にいる時間が長くなれば、それも変わって来る。
 カカシは優しかった。時々わがままで子供っぽいけれど、無理強いはしなかったし、イルカの主張も聞いてくれた。そしてカカシはストレートに想いを口にした。
 イルカを好きだと言ったのだ。
 好きだと言われ続ければ絆されもするだろう。イルカはカカシを好きになった。いつの間にか本気になってしまった。
 今思えば、本当は初めからカカシを好きだったんじゃないかとも思う。幾らナルトのことがあったからと言っても、それだけじゃあんなに親しくなれなかった。親しくなって、キスが出来るほど近くに居たのも、体を重ねられる状況に居たのも、イルカがカカシに好意を持ち、興味を持っていたからだろう。
 今では確かに恋人同士と言える関係だった。カカシはイルカを好きだと言うし、イルカもカカシが好きだった。キスもするし、抱き合いもする。ずっと一緒に居たいと思う。
 でも、ひとつ問題があった。イルカはカカシに好きと一度も言っていなかった。
 こんな風に始めてしまった関係だから、いざとなると恥ずかしくて、イルカはカカシに胸のうちを明かせなかった。だからきっとカカシはイルカの想いなど知らずに、半ば脅迫のようにして始まった関係が今でもそのまま続いていると思っているに違いなかった。
 でも、それでも暫く何の問題もなく二人で過ごせていたから、それでもいいのだとイルカは思うようになった。こんなに好きなんだから、言葉にしなくてもカカシは分かってくれるだろう―そんな風に思ってしまったのだ。
 馬鹿だったと今更気づいた。
 その結果が、これだ。
 もぬけの殻になった、カカシの部屋。
 カカシが自分を好きだと思い込んで、高を括って、自分の気持ちを言わなかったから、きっとカカシは自分を見放してしまったのだ。
 幾ら一緒に居たって、好きだ好きだと言われた相手が何も返さなければ、どれだけ好きでも諦めもするだろう。一緒に居る甲斐もない。
 イルカはカカシの居なくなった部屋を見てそう思った。自分は多分捨てられたのだ。
 イルカは、がらんとした部屋を見ていたら目頭が熱くなった。
 自分がどれだけカカシを好きだったのか思い知った。





 イルカは、とぼとぼと幽霊のような足取りで家に戻った。
 カカシに捨てられたという思いが強くて、イルカは何も考えられなかった。どうやって帰って来たのかさえ定かではない。
 それほどカカシを好きだったのだ。
 それをカカシに伝えていたら、確実に何かが違っただろう。少なくともこんな風に死人みたいに歩いてはいなかった。
 イルカは自分の家の前に立っていた。
 アパートの一室。いつもカカシと過ごしていた場所。
 もしかしたら中にカカシが居るんじゃないかと思った。いつもみたいに部屋に寝転がって本を読んでて、おかえりなさいって言ってくれるんじゃないか。そう思った。
 カカシが家を引き払ったのだってそう。何食わぬ顔をして部屋に居て「引っ越して来ちゃった」と、カカシなら言いそうな気がした。
 きっとそうだ。カカシは前に何度か、一緒に暮らしたいと言っていた。カカシならイルカに言わずに引っ越して来るのもありえる話だ。人を驚かすのが大好きな人だから―。
 イルカは鍵を回し、玄関を開けた。
 カカシさん―
 イルカは部屋の中に声を掛ける。しかし、それは誰も居ない部屋に吸い込まれた。
 そしてイルカは玄関に立ち尽くした。
 呆然とする。
 居ないのはカカシだけではなかった。
 イルカの部屋も、カカシの家と同じ有様だったのである。
 無いのはカカシの姿だけではない。何もかもが無かった。

「な―」

 イルカは思わぬ光景に絶句した。イルカの部屋は家具も何もかも無くなって、がらんとしていた。たった今見て来たカカシの家と同じだった。
 もしかして家賃延滞で部屋を引き払われてしまったのか―イルカはそんな事を思った。しかし家賃は毎月払っている。
 イルカが玄関に立ち尽くしていると、うみのさんうみのさんと声を掛けられた。振り向くとアパートの大家が部屋を覗き込んでいた。

「あの、大家さん、これ―」
「ああ、アタシも吃驚したよう。なんたっていきなりだったから」

 大家のおばちゃんは言った。状況が飲み込めないイルカは、ますます何が何だか分からなくなる。何があったのか訊くと、大家は今日何があったのか話してくれた。

「それが何でもアンタの旦那だって言う男がやって来てね、今度新居に引っ越すから荷物を出すって言うんだよ。でもアンタ男だろう?だから何かの間違いだって言ったんだけど聞かなくって」

 それに上忍だって言うし、怖いことされちゃ敵わないから結局止められなかったよ―と大家は言った。
 イルカは驚いた。
 それは間違いなくカカシだ。

「そ、その人は―」
「なんだ、知り合いかい?」
「え、ええ、まあ・・・」

 素気なく言ってしまえば知り合いだし、正確に言うならそれ以上の関係だとイルカは思っていた。しかしそれもさっき終わってしまった。イルカはそう思っていた。カカシに捨てられたと思ったのだから。
 でもカカシは、自分はイルカの旦那だと名乗ったらしい。更には、新居に引っ越すと言っていたそうだ。

「大家さん、その男―どこに引っ越すとか言ってませんでした?」
「ああ、地図預かってるよ。うみのさんが戻ったら渡してくれって。何なのかね、ありゃあ。新手の借金取りか何かかねえ?気をつけるんだよ」

 大家のおばちゃんはそう言って、イルカに紙切れを一枚渡した。手書きの地図が書かれていた。カカシの筆跡だ。
 イルカは地図を持つ指先に力を込めた。

「おばちゃん、俺引っ越すみたいだから、これ返すよ」

 イルカは大家に部屋の鍵を返した。もうこの家の鍵は必要ない。

「今までありがとうございました。突然で悪いけど」

 大家は、本当に引っ越すのかという顔をした。借金取りが差押えに来たとでも思っていたのだろう。
 イルカはもう一度礼を言った。随分長く世話になったアパートだ。少し名残惜しかったけれど、新居を思えば未練はなかった。

「まさかあの人、本当にうみのさんの旦那さんなのかい?」

 冗談半分、大家が問う。イルカは笑った。

「いえ・・・嫁さんですよ」

 カカシが聞いたら、いい顔はしないだろう。冗談だと思ったのか、大家は笑った。
 イルカは大家に一礼して、アパートを飛び出した。地図を片手に、真っ直ぐ走る。
 カカシの待つ、新居を目指して。





 新居は平屋一戸建てだった。少し古かったが、イルカは嫌いではなかった。子供の頃住んでいた家もこんな感じだった。ただ二人きりでは少し広い気がする。
 イルカは玄関の引き戸を開けた。鍵は開いていた。玄関から板張りの廊下が続く。広い畳の部屋。懐かしい感じがした。
 奥の部屋の襖が開いていた。カカシの姿が見える。イルカは部屋に入るなり大声を出した。

「カカシさん!」
「イルカ先生っ」

 カカシが驚いて顔を向けた。どうやら荷物を整理していたようだった。カカシの周囲にはダンボール箱が幾つかあり、その中にはイルカの見覚えのある物が詰まっていた。

「どういう事ですか!何も相談しないで、こんな―」

 イルカが詰め寄ると、カカシは反射的に謝った。

「ごめんなさい!ごめん。吃驚させたくて。今日迎えに行こうと思ったんですけど」

 イルカが家に居なかったから、荷物だけ持って来たのだとカカシは言った。

「馬鹿っ。そういう大事な事は話して下さい!」

 イルカは思い切り怒鳴った。そして思い切り顔を歪める。

「カカシさんち行ったら引き払われてて・・・引っ越すなんて聞いてなかったから、俺、カカシさんに捨てられたのかとおもって・・・」

 そう思った時のことを思うと、イルカは涙が滲んだ。カカシを好きだと思った。
 捨てられるのは嫌だった。
 捨てられたくない。一緒に居たい。
 泣くのを我慢したら、ますます顔が歪んだ。
 カカシはイルカを、ぎゅっと抱きしめた。

「ごめんなさい、イルカ先生。心配かけちゃいましたね」

 イルカ先生を捨てたりなんてしません、とカカシが言った。

「俺の大事なひとだもの。大好きな人を捨てたりなんてしない」

 カカシがイルカを抱く腕に力を込めた。
 イルカは嬉しかった。
 カカシには今まで何度も好きと言われたけれど、今が一番嬉しかった。イルカもカカシを大好きと思っているからだろう。そしてそれを、伝えようと思っているから。
 イルカはカカシを見つめた。

「カカシさん、俺も・・・俺も大好きです」

 イルカが意を決して口にすると、カカシはとても穏やかに微笑んだ。その笑顔に、イルカは見惚れた。

「初めて言ってくれたね」

 カカシは嬉しそうに言った。涙ぐんでいるようにも見えた。
 イルカはカカシの涙目を見た途端に謝っていた。本当ならもっと早く伝えるべきだったのだ。

「ううん。うれしい。ありがとう、イルカ先生」

 ほんと大好き。
 カカシはそう言って、イルカを抱きしめた。イルカもカカシを抱きしめ返して、大好きですと囁いた。

「ねぇ、今更だけど・・・今日から一緒に暮らそう」
「はい」
「少し古い家だけど」
「構いません」
「アカデミーにもちょっと遠いけど」
「大丈夫ですよ」

 イルカは笑った。カカシと一緒なら、家も場所も関係ないと思った。あばら屋でも何もない地でも良いと、今なら思う。
 カカシが居ないことを思えば、きっとそんな事は何でもない。実際、家が古いこともアカデミーから遠いことも瑣末な事だった。
 今日から一つ屋根の下に暮らす。イルカの家にカカシが泊まりに来るのとは少し違う。少しどきどきした。

「改めて今日からよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」

 二人でそう言い合って、おかしくて笑った。

「何だか新婚みたい」

 今日は初夜ですね、とカカシは言った。
 きっとこれから新婚のような生活が始まるのだろう。これから始まる二人の生活を思うと少し照れくさくて、互いにはにかんで笑った。
 そしてまずはその始まりに、二人は甘いキスを交わした。



2007/01/04  SAWARA Gomu
お粗末さまでした。

 

 

 

 

「nauwe」の早良さんから頂戴しました〜♪
「お年賀と引越し祝いとその他諸々をひっくるめて〜愛情たっぷりで」という嬉しいお言葉と一緒にvvv
新婚さんカカイルのステキ小説と、掲示板に頂いたラブラブチューイラスト(^-^)
イルカ先生に「嫁さん」とか言われてるカカシ先生が可愛い〜vあーんvvv
私ってばなんて幸せ者っ(≧▽≦)
早良さんいつもありがとですー大好きだーーーっvvv

ステキなステキな「nauwe」さんへは連結からどうぞ〜(^o^)/

 

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