紫煙
しゅっとマッチを擦る。
独特の香りと小さい炎が立ち上った。
ライターも便利で良いが、オレは好んでマッチを使っていた。
煙草が好きなわけじゃない。
一日に何本も吸うわけでもなく、何日も咥えないことも珍しくはなかった。
ただ、こうして時間がぽっかり空いて手持ち無沙汰になった時、何となく手を運ぶことが多かった。
こういう時の為に、煙草とマッチを常備している。
テーブルの上に用意された料理を見ながら「ふー」っと紫煙を吐き出した。
イルカ先生の家でイルカ先生の帰宅を待つ。
今日はイルカ先生が隣国まで任務で出掛けていた。
「オレのが早く帰って来るだろうからご飯作って待ってますね。」
朝、見送る際にそう約束したから、任務が終わってイルカ先生宅に直行した。
夕飯の支度も終わってすることがなくなったので、煙草を吹かしていたのだ。
イルカ先生とこういう関係になってまだ数ヶ月。
いつもとは逆に、今日初めてオレがイルカ先生の帰りを待つ。
「偶にはイルカ先生を待つってのも悪くないねぇ・・・何か新鮮。」
吸殻を灰皿に押し付け、独り言ちた。
一服を終え、また手持ち無沙汰になったオレは、欠伸を噛み殺しながらゴロンと横になった。
クッションの上に頭を置き、点けっぱなしだったテレビを見る。
ブラウン管の中では、今人気のお笑いタレントがネタを披露しているところだった。
―イルカ先生これ見たかっただろうなぁ。
イルカ先生はお笑い好きで、よくお笑い番組をチェックしていた。
オレは特に興味もなかったので、テレビから流れるそれは、今のオレにとっては心地よい子守唄でしかなかった。
「8時前には戻れると思いますから、ご飯一緒に食べましょうね。」
そう言ってニッコリ笑ったイルカ先生に、軽いキスをして見送った。
時計を見ると7時を回ったところだった。
―早く帰って来て、イルカせんせー。
ゆっくり目を閉じた。
大きな爆発音で目が覚めた。
テレビから異国の言葉が流れていた。どうやら激しいアクション映画を放送中らしい。
「・・・びっくりした。」
オレはうーん、と伸びをしながら時計に目をやり、固まった。
短針は直に10を指すところだった。
「もう10時!?イルカ先生っ!何で起こして・・・」
慌てて起き上がり、灯りの点っていたキッチンに入ってギクリと立ち止まる。
そこに人の気配はなく、電球が煌煌と輝いているだけだった。
消し忘れてたのか・・・とスイッチをオフにしてテレビの前に戻る。
食事はすっかり冷めきっていた。
「イルカ先生・・・?」
声に出してみても返事があるはずがなかった。
「イルカ先生。イルカ先生!」
じっとしてられず部屋を歩き回った。
―イルカ先生は何て言ってた?
―8時前には戻れるって。
―今は?
―もう10時になる。
―探しに行こうか?
―いや、その間にイルカ先生が帰って来たら一人にしてしまう。
「予定が狂う、ことなんてよく・・・ある・・・。」
ダメだ、ちょっと落ち着こう。
腰を下ろし、煙草を手に取った。
紫煙を勢いよく吐き出したら・・・。
視界が揺れた、気がした。
続いて胃から苦い物が込み上げてくる。
「なん、・・・ぐっ!」
押さえ込むことが出来ず、ふらつく足でトイレに駆け込んだ。
「うぇ・・・ゲホッ。・・・何だよ・・・これ・・・っ。」
次から次へ押し寄せる嘔吐感に訳が解らないまま吐き続けた。
何も食べてないから出るのは胃液ばっかりで。
生理的な涙が頬を伝う。
視界も揺れて気分が悪い。
脳内を揺らされているような感覚。
「何で・・・イルカ先生、イルカせんせぇ・・・。うぇっ。」
イルカ先生のことを考えると更に胃液が込み上げ、生理的ではない涙が溢れて止まらなかった。
―早く、早く帰って来て・・・イルカ先生・・・!
「カカシ先生っ!?どうしたんですか!?具合悪いのっ!!?」
その時バタバタと音がして、便座の前で丸まったオレの背中に温もりが生じた。
イルカ先生の温かい手がオレの背中を一生懸命擦っていた。
顔を見たら吐き気はぴたりと治まったが、涙は止まらなくて、オレは胸に縋り付いてワンワン泣いた。
涙と鼻水と涎でイルカ先生の胸をドロドロにしながら、ワンワン泣いた。
「イルカっ、イルカせんせぇ・・・っ。」
自分でも何でこんなに泣けてくるのか、訳も解らず涙を流し続けた。
イルカ先生はオレが落ち着くまで、ずっと背中を擦りながら「大丈夫、大丈夫ですよ。」と優しく繰り返した。
「はい。お茶どうぞ。」
「すみません・・・。戻ったばかりで疲れてるのに・・・。」
オレはイルカ先生の胸で散散泣いて、イルカ先生はそれに付き合ってくれて。
オレのドロドロの顔を拭いてくれて、その上お茶まで入れてくれた。
何だか情けなくて恥ずかしくて、イルカ先生の顔をまともに見れなかった。
「いえ、いいんですよ。・・・それより、どうしたんですか?体調悪かったんですか?」
「はぁ・・・。自分でも良く解らないんですけど・・・。」
少し転寝してしまって、目が覚めてもう戻ってるはずのイルカ先生の姿がなくて。
不安になって、落ち着こうと煙草を吸ったら吐き気がして。
イルカ先生のことを考えると、吐き気は治まらなくて涙も止まらなくて。
「オレこんなに弱かったかなぁ・・・。忍なのにこんなで大丈夫なんでしょうかね。」
「・・・カカシ先生。オレ今からすっごくクサいこと言いますからね。」
イルカ先生は徐に机上の煙草に手を延ばし、一本口に銜えて言った。
「人間は恋をしたら弱くなるんですよ。」
「・・・ほんとにクサい。」
思わず本音を口にしてしまったオレに向かって、イルカ先生は頬を赤めながら紫煙を吐き出した。
「ゴホっ!イルカ先生ひどい!」
「それと、煙草は具合の悪い時に吸うもんじゃないですよ。体調悪いと不味かったりするでしょ?」
精神状態も影響あるみたいですよ〜、と言いながら、イルカ先生は丸いドーナツ形の煙を吐き出した。
「カカシ先生見て!ワッカ!」
嬉しそうに笑って言うから、オレもつられて微笑んだ。
「あ、笑った。カカシ先生・・・。心配かけてごめんなさい。」
「ううん。こちらこそ迷惑かけてごめんなさい。」
二人向かい合ってペコリと頭を下げて、その後一緒に煙草を吸った。
イルカ先生と二人で吸う煙草は美味かった。
おわり
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やっと出来た〜〜〜!大分長いこと放置してました・・・。
煙草吸って具合悪くなった時に妄想したもの〜♪
弱いカカシ先生を書いてみたかったのです。
具合悪い時の煙草って吐き気催します・・・よね?
私よくなります(^-^;
最後までご覧頂きありがとうございました〜!
'06/8/28 葉月