11、バナナの皮
―――イルカ先生がぎっくり腰になりました。
ある晩、二人並んで就寝前の歯磨きをしている最中。
磨き終わったイルカ先生がうがいをしようと腰を曲げたら・・・「うぎっ!」ってくぐもった声を出した。
イルカ先生は何とかうがいを終わらせたけど、その体勢のまま動かなくて、
「カカシ先生・・・ヤ、バイ・・・。」
何とも弱弱しい声で言った。
「え?」
オレは慌てて口に突っ込んだ歯ブラシを出して、歯磨きを終わらせた。
屈み込んで下から覗いたイルカ先生の表情はそれはもう辛そうで。
「何、何!?どうしたの!?何がヤバイの!?」
「腰・・・腰がヤバイ。何かグキって・・・。」
「えっ!?ど、どうしよう!動ける!?」
イルカ先生が黙って首を横に振る。
オレはパニクっちゃって隣であわあわ。
医者を呼ぶべきか、救急病院に連れてくべきか。ていうか、動かしていいのか?
「とりあえず・・・布団に運んでもらっていいですか?」
「分かった!ちょっとだけ我慢して!」
動かして大丈夫なのかって思いつつも、本人が言うんだからと、大急ぎで寝室に運んで布団の上に横にした。
イルカ先生は抱え上げる時も横にする時も、痛そうに顔を顰めて辛そうだった。
「医者呼んで来ますから!待ってて!」
イルカ先生を一人で置いて行くのは嫌だったけど、動けないみたいだし仕方ない。
こんなに辛そうなんだから早く医者に診せなければ。
「待って・・・寝てれば治、いてぇっ!」
立ち上がったオレを引き止めようと、上半身を起こしたイルカ先生が叫んだ。
「わぁっ!だ、大丈夫っ!?早く横になって!」
「大、丈夫・・・医者は要りません・・・。」
苦しそうな声を出すイルカ先生の傍に戻って、手を握った。
「そんなに辛そうなのに。医者に診てもらった方がいいって!」
「大丈夫です。ただのぎっくり腰ですよ・・・。」
「ぎっくり・・・って重い物持ち上げた時とかになるって・・・アレ?」
「うん。そのぎっくり腰。」
はぁ〜とイルカ先生が長い溜息を吐いた。
「オレ、一回やったことあんですよね〜。このスコーンって腰が抜ける感じ。ぎっくりです、きっと。」
予想外にイルカ先生が落ち着いているもんで、オレも少し安心してきた。
医者はいいって言うから、今はとりあえず傍に居ることにしよう。
「オレに何か出来ることある?」
「明日でいいんで薬買って来てもらえますか?『らぶ』っていう塗り薬があるんでそれを。今は・・・一緒に寝て欲しいです。」
ちょっと照れ臭そうに笑ってそう言った。
翌日、イルカ先生は無理をして仕事に行こうとしたけど、オレが強引に休ませた。
安静にしていないと治るものも治らない。今無理して長引いたらどうすんの!って強めに言って。
はぁ〜イルカ先生ってば、ほんっとクソ真面目というか何というか・・・。
もっと自分を労って欲しいもんだ。
オレは任務があるから仕方なくイルカ先生を置いて家を出て、夜には薬とコルセットを買って大急ぎで帰った。
イルカ先生のことだから無理をして動いているかもしれない、と心配で心配で。
「ただいま!」
イルカ先生は布団の中に居た。
良かった。無理はしていないみたいだ。
「どう?痛みはマシになった?」
頬を撫でると弱弱しく首を振って、痛くて動けません、と小さな声で言った。
「そっか・・・。ほら、見て!いい物買って来たよ!」
薬とコルセットを出して見せた。
起き上がろうとするイルカ先生を止めて、シャツを捲り上げる。
「はたけカカシ。愛を込めて『らぶ』を塗らせて頂きます!」
おどけた調子で言ったら、イルカ先生は声を上げて笑い出した。
「もー痛いんだから笑わせないで下さいよ!」
「ごめんごめん。でも、愛を込めてるのは本当ですよ。早く治れ〜早く治れ〜!」
ブツブツ言いながら薬を塗り込んでたら、イルカ先生が小さい声で言った。
「・・・恥ずかしいなぁ。もう。・・・でもちょっと嬉しいかも。」
頬が少し赤い。照れちゃってる。イルカ先生ってば可愛いなぁ。
薬を塗ってコルセットを装着してあげて、一緒にご飯を食べた。
コルセットをしたら随分楽だったようで、イルカ先生は「コルセットすげぇー!ありがとうございます!」って目をキラキラさせて感動してた。
風呂に入る時以外はずっと装着で、えらい気に入ってくれたみたいだ。
良かった良かった。イルカ先生が喜んでくれてオレも嬉しい。
それから2、3日は辛そうにしてたけど、薬の効果かコルセットの効果か、一週間もしたら普段の生活に戻れるようになった。
一日働いて、ご飯を食べて、風呂に入って、一緒に寝る。
普段通りだけど、物足りない。
腰を痛めてるわけだから当然夜は何もしない。
その気にならないように、キスとかハグとか、そんなのも控えるようにしていた。
あぁーイルカ先生不足だ・・・。
触りたい。抱き締めたい。キスしたい。
でも、完治するまでは我慢我慢!そんな毎日だ。
イルカ先生がぎっくり腰になって半月くらい経った夜。
オレは先に布団に入ってうつらうつらとしていた。
そこへイルカ先生が風呂から戻って来て、オレに声を掛ける。
「おかえり・・・おいで。」
小さく欠伸をしながら掛け布団を持ち上げ、イルカ先生のスペースを空けてやる。
「カカシ先生?寝てるんですか?」
「ん〜?ちょっとだけ・・・。」
オレは目も開けずに答えた。
「カカシ先生ってば。起きて!」
「ん・・・?うん。」
半分眠りに入っていたから意識がはっきりしない。
頑張って目を開こうとしても勝手に瞼が下がってくる。
「カカシ先生・・・。」
顔の近くで名前を呼ばれたと思ったら、唇を塞がれた。
イルカ先生にキスされた。
オレは夢見心地でキスを受けて、気持ち良いな〜なんて思っていた。
そしたらハラに重みが掛かって、一気に意識が浮上する。
驚いて目を開けたら、イルカ先生が裸でオレの上に馬乗りになっていた。
「ちょ、コラ!何やってんの!」
「カカシ先生、しよ?」
ちょっと首を傾げながらそんなことを言われて。
思わず押し倒しそうになったけど、理性がそれを止めた。
「何言ってんの。腰痛めてるでしょうが。完治するまで我慢我慢!」
「もう大丈夫ですって。治りました!」
「ダメダメ!そこで油断すると長引かせる羽目になるんですよ。」
「大丈夫ですってば!・・・オレ溜まりまくってんですけど。」
何を言うんだこの人は・・・。オレだってめっちゃめちゃ溜まってるっての!
眩暈がする。流されてしまいそうだ。頑張れオレ。
「と、とにかくまだダメ!もうちょっと我慢!」
「えー!そんなの欲求不満で死にます。・・・分かりました。カカシ先生はそのまま寝てたらいいです。」
そう言いながら、布団とかオレの寝巻きとかを強引に剥ごうとするもんだから、慌てて飛び起きた。
「分かった分かった!それじゃ手とか口とかでやってあげるから!」
「そんなのヤダ。カカシ先生とつながりたい。」
ぐらり。理性が揺れる。このまま押されると間違いなくやってしまう。溜まってる分かなり激しく。
オレは深呼吸をしてイルカ先生を抱き寄せた。
「あのね。オレも相当溜まってるんですよ。今やったら絶対イルカ先生の腰また悪くなっちゃうから。ね?」
「・・・じゃぁ、オレが動かなかったらいいんじゃないですか?」
イルカ先生は頑として引き下がらない。
困った・・・。何と言っても納得してくれなさそうだ。
「だって、この半月キスとかもほとんど無かったし、寂しくて・・・。」
しょんぼり項垂れるイルカ先生に負けた。
オレも寂しかった。隣に居るのに触れなくて。イルカ先生が足りない。
「今日はイルカ先生は下で何もしない。腰・・・も激しく動かさないように気をつける。守れる?」
「・・・はいっ!」
嬉しそうに顔を上げたイルカ先生をゆっくり押し倒した。
その夜は久し振りにイルカ先生と愛し合った。
腰を気遣ってゆったりしたものになったけど、何だかいつもより深く愛し合えた気がする。
「腰が完治したらもっといっぱい抱いてあげるからね。」
そう約束して、久し振りにイルカ先生と抱き合って眠った。
イルカ先生がぎっくり腰になって一ヶ月と半月くらい経った夜。
オレとイルカ先生は手をつないで歩いていた。
腰完治祝いに飲みに行った帰りだ。
二人共かなりの量のアルコールを体に入れて、普段より随分浮かれた気分だ。
「本当に良かったね。やっと治って。」
「ほんとに・・・長かった・・・。オレはもう治らないのかと思っちゃいましたよ!」
あれから普段通りの生活は続けていたけど、中中痛みが取れなくてコルセットも外せなくて。
マシになったな〜とちょっと油断したらまた悪化。
そんな繰り返しで最近やっとこさで治ったのだ。
曲げられなかった腰もやっと治って、イルカ先生は張り切って前屈なんかして見せてくれたり。
初めの内は45度くらいに曲げたら痛がってたくらいだったから、今は前屈も出来るようになってオレも一安心だ。
「カカシ先生。明日は休みですよね?帰ったら・・・しますか?」
酔いも手伝ってか、積極的なお誘い。
その言葉にドキって心臓が音を立て、脈拍が速くなったのが分かったけど、平静を装ってイルカ先生を見詰めながら歩いた。
「そうだね。しよっか。」
暗い夜道で余所見をしていたのが悪かったのか、甘い空気に浸りすぎていたのが悪かったのか。
オレはそれの存在に全く気付かなかった。
「イルカ先生も明日はおや、おわぁっ!」
大きな声を上げて、オレは素っ転んでしまった。
転んだ上に腰を強打。
受け身を取る間も無くて、イルカ先生の目の前で無様に転んだ。
イルカ先生が慌てて抱き起こそうとしてくれたから、オレは強がって無理に笑顔を作って立ち上がった。
・・・しかし腰が痛い。背筋を真っ直ぐに出来ない。カッコ悪い・・・。最悪だ。
前屈みでフラフラしてたらイルカ先生が肩を貸してくれて、ヨロヨロと家まで何とか歩いて帰った。
イルカ先生はオレを心配して、甲斐甲斐しく世話をしてくれた。
打ち身にも効くっていうから、らぶを取り出して、
「うみのイルカ。愛を込めて『らぶ』を塗らせて頂きます!」
少し前のオレを真似して、おどけた調子で薬を塗ってくれた。
それはそれで嬉しかったけど・・・甘い空気が台無しだ。
良い雰囲気だったのに。はぁ〜・・・。
オレを転ばせた犯人はバナナの皮。
誰だよ・・・あんな所にバナナの皮捨てやがったのはっ!
それに気付かなかったオレもかなり情けないが・・・。
オレはそれから暫くらぶの世話になった。
おわり
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半分実話〜ぎっくり腰なって寝込んでた時に考えてたネタ。
いやーぎっくりって辛いっスよ。
みんな気をつけてね・・・腰ってほんと大事(^-^;
らぶはほんとにある薬。よく効きますよv
最後までご覧頂きありがとうございました!
'09/4/10 葉月