メルト
扉を開けて、それが目に入ると息が止まりそうになる。
ギクリと体が強張って、思わず足を止めてしまう。
繰り返し見ている光景なのに。
イルカはなるべく音を立てないように部屋に入った。
そして、ベッドの上に横たわる人に近付いて、胸に手を当てる。
規則正しい鼓動が伝わってくると、漸く安心出来た。
暫く手をそのままにしておくと、じわじわと温もりが伝わってくる。
このまま、ずっと、この温もりを感じていられれば・・・。
「オレの胸溶かしちゃうつもりですか?」
おどけたようなカカシの声が耳に届いた。
眠っているとばかり思っていたから驚いた。
「カカシさん・・・眠っていたんじゃないんですか?」
慌てて手を退けようとすると、カカシが上から手を被せて阻む。
「イルカ先生の手は暖かいね。溶けてしまいそうに暖かい。」
そのままカカシが目を閉じるから。
カカシの手の温もりと胸の鼓動が、イルカの手に伝わるから。
─オレの手の方が先に溶けてしまいそうだ。
「それなら・・・いっそ、いっそ溶けてしまえばいい!溶けてっ!オレと混ざり合って!離れられなくなってしまえば・・・っ!」
馬鹿なことを口にした。
カカシの温もりに一瞬ホッとして、それと同時に怖くなった。
またこの温もりが奪われる前に、離れられなくなってしまえばいい。
離れたくても離れられなくなってしまえば。
そんなことを思ってしまった。
カカシは何も言わずに、手を退けようともせずに、慰めるようにイルカの手に触れる。
「・・・すみません。馬鹿なことを言いました。」
イルカは居た堪れなくなり、顔を伏せたままカカシの手を振り解いて扉へと急いだ。
このままこの場所に居ると、また馬鹿なことを口走ってしまいそうだ。
「イルカ先生、待って。」
カカシの声が耳に届いたが無視して急ぐ。
「待ちなさいっ!」
扉に手を掛けた瞬間、カカシの大きな声に止められた。
驚くほどの厳しい声色に、ビクリと体が揺れる。
こんな厳しい口調のカカシは初めてだ。
顔を上げられないままその場に立ち竦んでいると、カカシの優しい声に呼ばれた。
「イルカ先生。」
ポンポン、と布団を叩く音と一緒にまた名を呼ばれる。
「イルカ先生。こっちおいで。」
尚も動けずにいると、
「オレ起き上がれないから早くこっち来て。」
優しい声で急かされた。
泣いてしまいそうなのを堪えて、ゆっくりカカシの方へ向かう。
「・・・すみません。」
項垂れたまま傍へ行くと、カカシは優しくイルカの手を握り締めた。
「謝ることなんてないよ。大きい声出してごめんね。ほら、椅子座ってよ。」
椅子に座ると、横になっているカカシの胸の中に、頭を抱え込まれた。
何度も頭をなでられて、堪え切れずに涙が落ちる。
「やっと泣いてくれた・・・。」
ホッとしたような溜息と一緒に零れた言葉。
それを切っ掛けに次次と涙が溢れる。
この人の前で泣くつもりなんてなかったのに。
もう涙なんて涸れたかと思うほど散散泣いたのに。
カカシが意識の無いまま任務から戻り、そのまま入院してから長い時が経つ。
峠は越えてもずっと意識は戻らないままで。
このままカカシは戻らないんじゃないかと。
もうカカシを失ってしまうんじゃないかと。
体につながる沢山の管を見る度に怖くて。
病室に入って一番にすることは、意識の無いカカシの胸に手を当てて、鼓動を確認すること。
それこそ胸が溶けてしまいそうなほど、何度も、何度も。長い時間をかけて。
正常に動いていることが確認出来ると少し安心出来た。
それでも、長く意識の戻らないのが恐ろしくて。
カカシの胸に触れながら沢山泣いて、泣き疲れてカカシの傍で眠ってしまうこともあった。
情けないくらいに何も出来なくて。傍に居ることしか出来なくて。傍に居てないと不安で。
やっと意識の戻った今でも、胸の鼓動を確認するのが癖になってしまった。
本当に溶けて、混ざって、離れられなくなってしまえばいいのに。
「アンタが・・・オレをこんなに弱くした・・・。」
「ごめんね。」
「もう・・・離れたくない。離れられなくなってしまいたい!」
カカシが優しいから、頭を撫でる手が優しいから、弱音ばかりが口を出る。
「でもね、イルカ先生。溶けてくっついちゃったらキスも出来ないよ。」
そう言って、イルカの唇に自分のそれを合わせる。
「・・・ごめんなさい。困らせて。弱音ばかり吐いて。」
「いいの。オレの前では泣いて下さい。アナタは我慢し過ぎです。もっと甘えて。」
抱き締める腕に力を込めて、カカシは囁く。
「オレは、どうやってでも、どんな姿になっても、アナタの許へ戻るから。」
そんな不確かな約束をカカシは口にした。
カカシの鼓動を耳の傍で聞き、温もりに抱かれ、イルカは強くなろうと思った。
『もし君が奪われたなら それで 夢も 終わり』
もっと、もっと、強くなってみせるから。
この人を奪われないくらいに、支えられるくらいに、強くなってみせるから。
夢が終わらないように。
だから、今だけは、この溶けてしまいそうな温もりに甘えていよう。
おわり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
大好きなバンドの同名曲を聴いて妄想v
『』内は歌詞の一部です。
切ない・・・。
すっごい暗い後ろ向きな話でごめんなさい。
ご覧頂きありがとうございました〜!
'08/10/9 葉月