春待人

 

 

 

 

 

その晩はとても寒くて、昼間の陽気が嘘のように冷えた。

朝から日差しも暖かくて、昼にはもう春が来たのかと思うほどの陽気だったのに。

夕方から雲が広がり、雪までちらついて、一気に気温が下がった。

店を出て、ポケットに手を突っ込んで、何時もの帰り道を一人で歩く。

「こんなに寒くなるんだったらもっと暖かくしてきたのに・・・。」

人恋しくなる季節もやっと終わりかと思ったのに、糠喜びに終わった。

冬なんて早く終わればいい。

きっと、春になったら陽気につられて気分も変わるはずだから。

頬を撫でる風がやけに冷たく感じて、腕を擦りながら縮こまった。

鱈腹ハラに入れたアルコールも、外気の冷たさであっという間に抜けてしまった。

冷たい風が吹く中、背中を丸めて小さくなって歩く。

寒くて、寂しくて、涙が出そうだ。

冬なんて嫌いだ。

家族もいない独り身には辛い季節。

ましてや失恋中の身には余計に応える。

仕事中はまだ良い。

忙しければ気が紛れるから。

でも、一人になると必ずそのことばかりを考えてしまう。

もう忘れようとすることも諦めた。

いい加減女女しいと我ながら呆れるけれど、忘れようがないのだから仕方が無い。

『時間が解決してくれる』そう自分に言い聞かせて、毎日を何とか過ごしてきた。

季節が変わればきっと・・・。

春が待ち遠しい。

 

 

 

 

 

ドアの前に人影があった。

遠くからでも見間違いようのないくらい、目に焼き付いている姿。

恋しくて焦がれて、二度と見ることはないと思っていた光景。

それが今目の前にある。

視界に入った瞬間、ギクリと体は強張って。

ゆっくりと瞬きをして、見間違いでも幻でもないことを確認する。

自分の家の前に立っているのだから、その人が待っているのは自分なのだ。

深呼吸をして足を踏み出した。

きっとあちらはもう気付いているはず。

なのに、まだ動かずにいる。

「カカシ先生・・・。」

目の前に立って声を掛けると、漸くカカシ先生は顔を上げた。

「おかえりなさい、イルカ先生。」

半年前と変わらない姿。

変わらない笑顔。

胸が騒ぎ出す。

必死に平静を装って口を開いた。

「どうされたんですか?まだ任務中のはずじゃ?」

「予定より早く済んでさっき戻って来たんです。イルカ先生と話したくて待ってたんですよ。」

笑顔で言われた。

そんな笑顔を向けられたら・・・。

「そ、うですか・・・お待たせしてすみませんでした。」

顔に熱が集まるのが分かって慌てて俯く。

「それで、お話って何ですか?」

自分でも情けなるくらいに声が震えた。

こんな態度ではカカシ先生も話しにくいだろうと思うけれど、どうしても縮こまってしまう。

気まずくて顔を上げられなくて、ずっと地面を見てた。

「イルカ先生、今恋人は?」

「いません・・・。」

「そう・・・。好きな人は?」

何て無神経な人だろうと思った。

腹が立って思わず顔を上げたら、カカシ先生は真剣な眼差しでオレを見ていた。

「何がっ・・・聞きたいんですか!?」

思った以上に語尾が荒くなる。

どういうつもりでこんな質問をしてくるのか。

半年前に振った相手に向かって。

好きな人?

目の前に立ってる。

たった半年前のことだ。

簡単に忘れておいそれと次に進めるはずがない。

今でもずるずる引き摺って毎日胸を痛めているというのに。

ムカついたからハッキリ言ってやった。

「半年前と同じ人です!そんな簡単に次次好きな人が出来る訳ないじゃないですかっ!どういう、つもり・・・っ!」

涙が出た。

オレは半年前にカカシ先生に告白して振られた。

その直後、カカシ先生は里外での長期任務に就いてしまい、この半年顔を見ることも叶わなかった。

振られたことは仕方がない。

友人以上には見れない、そう言われたから、今後も友人として付き合ってくれと頼んだ。

カカシ先生は頷いてくれたのに、何も告げずに任務に就いた。

オレを避けて里から離れたのかもしれない、とすら思った。

オレの気持ちが迷惑で・・・。

告白したことを後悔して、友人のままでいれば、と落ち込んで、それでもカカシ先生への想いを捨て切れなくて。

どうにか毎日を過ごしていたのに、突然現われて蒸し返す。

人の気持ちを掻き回すカカシ先生が憎らしく思えて。

けれど、それでも好きで。

泣きたくなんてないのに、止まらない涙が悔しくて悔しくて。

袖で乱暴に涙を拭っていたら、その腕をカカシ先生が掴んで止めた。

「そんなに乱暴にしちゃダメです。」

優しい声にまた涙が落ちた。

その涙はカカシ先生の指先に拾われる。

「ごめんなさい、イルカ先生。泣かせてごめんなさい。」

カカシ先生は何度も何度も謝りながらオレの涙を拭った。

「アナタに恋人か好きな人が出来ていたら諦めるつもりだったんです。・・・イルカ先生、アナタが好きです。」

両手で頬を包まれて、強引に顔を上げさせられた。

カカシ先生は目を細めてオレを見る。

「あの時もイルカ先生を好きだったけど、それは友人としてだと思ってたんです。でも、長い間離れて気付きました。」

そう続けながらマフラーを外した。

「去年イルカ先生がくれたコレ。任務中ずっと使ってました。とても暖かくてイルカ先生みたいで。逢いたくて逢いたくて・・・。」

カカシ先生は大事そうにマフラーを胸の中に抱え込んだ。

オレはそんなカカシ先生を見て、涙を止められずにいた。

「今更で虫の良い話なんですけど・・・。もし、イルカ先生さえ良かったら・・・許してもらえるなら・・・オレを恋人にしてくれませんか?」

新しい涙が零れたけれど、今度のそれは悲しい涙じゃなくて、嬉しい涙。

頷くとカカシ先生はオレの首にマフラーを巻いた。

「去年はこうしてイルカ先生がオレにマフラー巻いてくれたよね。」

カカシ先生の唇がオレの涙を拾う。

「こんなに薄着で・・・寒くないの?」

「・・・昼間は暖かかったんです。」

「そうなんだ。」

カカシ先生はそう言ってオレを抱き締めた。

背中を何度も擦られて、体温が伝わって、じんわりと暖かくなる。

オレが腕に力を込めて思いっきり抱き付いたら、カカシ先生もきつく抱き締めてくれた。

「熱いお茶でも淹れますから・・・良かったら上がって行って下さい。」

「いいの?」

頷いたら、カカシ先生は嬉しそうに、

「大好きですよ、イルカ先生。待たせてごめんね。」

そう言って笑うから、オレもつられて笑った。

漸く涙も止まって、やっとカカシ先生に笑顔を向けられた。

その夜、一足早くオレのところに春がやって来た。

 

 

 

 

 

おわり

 

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この冬は何回も雪降って寒かったですね。
ほんとに昼あったかくて夕方から急に雪降った日があったんですよー!
冬好きだけどそろそろあったかくなってもいいな♪
ご覧頂きありがとうございました〜!

'08/3/9 葉月

 

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