'09/5/26(後)

 

 

 

 

 

とにかくデートがしたかった。

世間の恋人同士がするようなことがしたい。

だって、今の関係は友達の域を出てない気がするし。

別に街中で手をつないで歩きたいって訳じゃない。

男同士だし、その辺はちゃんと分かってるつもりだ。

ただ遊びに誘うだけじゃダメだと思ったから、明確な目的を決めた。

以前はたけカカシが興味を持っていた映画の前売りを買って、それを渡してデートに誘った。

休みの日に行こうと誘ったら、少し躊躇いながらも良い返事を貰えた。

5月に入って2週目の土曜日の夜。

初デートの約束だ。

オレはウキウキしながらその日を待った。

何を着て行こう、とか、あの人はどんな格好で来るのかな、とか色んなことを想像して毎日楽しかった。

その日までは。

初デートの当日。

オレは待ち合わせ場所に早めに着いて、はたけカカシの到着を待っていた。

この時もまだ浮かれた気分で、少し緊張しながら待っていた。

待ち合わせ時間丁度に現れたはたけカカシの姿を見た瞬間、心臓が大きく動いたのが分かった。

「ごめん。待った?」

笑顔で声を掛けられてドキドキした。

初デートで、初めて私服姿を見て、何もかもが新鮮で。まるで思春期の子供だ。

胸を高鳴らせたまま映画館に入って、隣に座る。

映画館の席は思ったよりも隣と近くて、少し動けば肩が触れそうになるくらい。・・・緊張する。

「今日は暑いねぇ。」

はたけカカシが呟きながら手でパタパタと扇いだ時、嗅ぎ慣れない香りが届いた。

香水かと思ったけど、はたけカカシが使っている物とは違う。

どちらかというと女性向けのような香りで、花のような甘い香りが薄っすらと匂った。

一瞬だったから気の所為かと思ってると映画が始まって、そっちに気がいって、オレはそのことを忘れた。

隣の男に緊張しながら映画を見て、結構いっぱいいっぱいな感じだったから忘れた。

数十分経ち、映画にのめり込んで来た頃、またあの香りがした。

はたけカカシが足を組み替え、少し体を動かした時に香った。

気の所為じゃなかったみたいだ。

はたけカカシから微かに届く甘い香り。

それに気付いて、オレはそのことばかりが気になり始めた。

―何だろう、この匂い・・・。

はたけカカシから花のような甘い香りがする。

あまり深く考えるなって思ったけど、そのことばかりが頭を占拠する。

はたけカカシの香水ではない匂い。

誰かの香りが移ったのではないだろうか。

ふとその考えが頭に浮かんで、すっと血の気が引くのを感じた。

それと同時に、そうだったのか、と妙に合点がいった。

土日にオレと逢わなかったのは、その人の為なのか。

今日のデートを躊躇っていたのもその所為か。

他に大切な人は存在して、オレに手を出したのは単なる好奇心とか・・・暇潰しとか・・・遊び、とか。

最悪結婚しているのかもしれない。

そうか・・・。

はたけカカシにとって、オレは友達に毛の生えた程度で、軽い付き合いだったのだろう。

だからキス以上のことにも発展しなかったのかも。

それに気付かずどんどん惹かれていったオレって・・・間抜けなヤツ。

前売りなんか買っちゃって、漕ぎ着けた初デートでやっと気付いて・・・馬鹿で可哀想なオレ。

映画の内容は覚えていない。

それからずっとそのことだけを考えていて、はたけカカシとの関係もこれで終わりか・・・と寂しく思った。

ショックだったけど、不思議と涙は出なくて、思ったより冷静だった。

はたけカカシを恨む気持ちより、寂しいって気持ちの方が大きかった。

恨むには好きになり過ぎてた。

映画の後は食事の予定だったけど、体調不良を理由に帰った。

家に着いた頃、はたけカカシが心配をして連絡をくれた。

優しくしなくていいのに。

最初から知っていれば割り切って付き合えたかもしれないのに。

気付かせないでいてくれたら良かったのに。

こんなに好きにならせないで欲しかった。

今朝までの浮かれた気分が嘘のようだ。

胸が痛くて苦しくて。

ほんの少しだけ、泣いた。

 

 

 

 

 

月曜から帰りの電車の時間を変えた。

はたけカカシと顔を合わせない為に、必要のない残業をしたり、駅前のショッピングモールで時間を潰したり。

その甲斐あって、今週は一度も顔を合わせていない。連絡もしていない。

別れ話はしていない。その必要はないと思った。

いや・・・面と向かって事実を知らされるのが怖かったから、っていうのが本当だ。

避けていれば向こうもいずれ気付くだろう。

遊びなのだから何とも思わないだろうけど。

大した事じゃない。男同士なんだから本気だったとしても長続きはしていなかっただろう。

そう思うようにして普段通りの生活をしていたつもりだったけど、やっぱり失恋の傷は残っていて、一週間で随分体重が落ちた。

時間が忘れさせてくれる。そう信じて毎日を過ごした。

今日は金曜日で、仕事帰りに同僚数人と飲みに行く約束だ。

一足早く誕生日を祝ってくれるらしい。

今までそんなことをされたことはないから、最近のオレの様子を見て気を遣ってくれたんだろう。

ありがたいことだ。人の優しさが身に沁みる。

会場は会社の飲み会でよく使う居酒屋で、駅前にある。

仕事が終わってオレが到着すると、もう皆揃っていた。同僚以外にも女性が数人。

「お前には黙ってたけど、今日の飲み会は一応合コンってことになってるからさ。ぱーっとストレス発散して帰れよ!」

席に着いたら隣の同僚にコッソリ耳打ちされた。

可愛い女の子呼んどいたから癒してもらえよ、とも言われた。

失恋したばかりで正直そんな気分じゃなかったけど、同僚の気遣いが嬉しかった。

「よーし!今日は飲むぞーっ!」

無理矢理声を弾ませて、自分に言い聞かせるように言った。

飲み会という名の合コンは思った以上に楽しかった。誕生日も祝って貰っちゃって。

少しの時間だったけど、はたけカカシのことを忘れられるくらい。

話の合う子も居て、盛り上がった。

皆で居酒屋を出て、駅前で解散という運びになったけど、連絡先の交換をしたりして暫くそこで留まっていた。

オレもよく喋った女の子と連絡先を交換しよう、とその途中、オレの目は見付けてしまった。

女性と親しげに駅に向かって歩くはたけカカシの姿を。

じっと見ていると向こうもオレに気付き、足を止めて笑顔を浮かべた。

手を上げてこちらに近寄ろうとしたけど、オレの周りに気付いたようで、一瞬表情を険しくさせた。

今までに見たことのない表情。

オレが動かずにいると、傍の女性に腕を引っ張られてはたけカカシは行ってしまった。

ほんの一瞬のことだった。

「うみのさん?」

隣に居た女の子に声を掛けられて我に返った。

―追いかけなければいけない。

「ごめん!オレ、急用!」

同僚や女の子達を放って、オレは衝動的に走り出した。

やっぱりこんな終わり方じゃダメだ。きちんとケリを付けなければ。逃げてはいけない。

 

 

 

 

 

ホームに着いた時には一足遅かったようで、はたけカカシの姿は無かった。

一本後の電車に乗って後を追う。

乗り換えのホームにはたけカカシは居た。

「はたけさん・・・。」

隣に立って声を掛けると、

「久し振り。」

優しい笑顔と一緒に返事を貰えた。

笑顔だったけど、声色は普段と違った。

何だか余所余所しい。

「久し振りです。・・・すみません、連絡しなくて。電話も貰ってたのに。」

「うん。いいよ。忙しいんだろうなって思ってたし。・・・合コンだったの?」

「・・・はい。あ、いえ、同僚と飲み会だって聞いてたんですけど、実は合コンだったらしくって・・・。」

必死で言い訳をしてる自分が笑える。

「そう・・・。」

それっきり黙ってしまって、暫く沈黙が続いた。

電車が到着して一緒に乗り込む。

沈黙に耐え切れなくなって、思い切って聞いてみた。

「はたけさんは彼女と飲んだ帰りですか?」

「彼女・・・?違う違う。会社の後輩。今日は歓迎会だったの。」

「あ、そうだったんですか。すみません・・・。」

「何か誤解してない?」

何て答えていいか分からなくて黙っていると駅に着いた。

どうしよう。もう少し話したいけど一緒に降りてもいいんだろうか。

「ちょっと家おいで。」

腕を引っ張られて、家に連れて行かれた。

「さて。『彼女』ってどういうこと?オレの恋人はアンタじゃないの?」

険しい口調と表情で詰め寄られてびびった。怖い。

「・・・は、はたけさんは・・・恋人がいるんじゃないんですか?」

「いるよ。目の前の人。オレはまだ・・・そのつもりなんだけど、間違ってる?」

「違う。オレじゃない他の人・・・。」

「いません。」

「じゃぁ・・・結婚してるとか?」

「は?どっからそんな考え持って来たの?」

「だって・・・甘い香水っぽい匂いがはたけさんから・・・。」

「意味分かんない。」

「休日はその人の為に空けてたんじゃないんですか?」

オレは分かってもらえるようにゆっくり全部話した。

映画を見ている最中に甘い香りがしたこと。

それが女性からの移り香だと思い、休日に逢わないのはその人の為だと思ったこと。

だから最悪結婚しているのかもと思ったこと。

他に大切な人がいるから、オレとは遊びで、だからキス以上のことはしなかったのかと思った。

不安で不満だったことも。

「違う。全っ然違う!そんな相手いない。休みの日に逢わなかったのは・・・。」

はぁ、と一つ溜息を吐いて続けた。

「ひっどいなぁ・・・遊びだったらとっととヤることヤりますよ。」

苦笑しながら言われて、オレは期待した。

遊びじゃなかったのかもしれない。

ちゃんと想われてたのかもしれない。

はたけカカシの恋人はオレだけ・・・?

休日に逢わなかった理由はこうだった。

恋人同士になってオレが緊張しっぱなしで、友人だった時と態度が違い過ぎたから、時間を掛けようと思った。

オレが関係に慣れるまで待って、ゆっくり距離を縮めようと考えていてくれた。

休日に長い時間を一緒に過ごして、つい手を出してしまわないように、暫くは平日の短い時間しか逢わないようにした。

オレと付き合い始めてスポーツジムに通い始めたそうだ。

キスの先に進んだ時に備え、体を引き締めておこうと土日は大抵ジムに行っていたらしい。

「最近腹周りが気になって・・・一緒に飲むのが楽しかったから調子乗っちゃって。好きな人にビール腹って思われたら嫌だから、さ。」

照れながらそう白状する姿が可愛かった。

「ごめんね・・・。ちゃんと話しをするべきだったね。不安にさせてごめん。」

「ほんとですね。オレ達知り合って間もないんだからもっと話しをしないと。オレもちゃんと話せば良かった。」

「これからは一人で思い込んじゃダメですよ。」

オレの頬を軽く抓みながら言って、キスをした。

「じゃぁ・・・うみのさんも不満だったみたいだし。」

オレを床に押し倒しながらそう言って、今までしなかった深いキスをされた。

唇が触れるだけじゃない激しいキス。

「ん・・・っ。」

一瞬で体温が上がった。気持ち良い。嬉しい。好きな人が触れてくれる。

「ん、ぅ・・・はたけさ・・・待って。」

色んな場所に触れる唇に、体は簡単に反応した。下半身に熱が集まる。

キスの先を想像して、急激に恥ずかしくなった。

経験が無い訳じゃない。渋ってる訳じゃない。

ただ、この人とそういうことをすると思うと、恥ずかしくて仕方なかった。

この人に全部見せて全部見られて。

「待って!無理・・・まだ無理・・・!」

「どうして?不満だったんじゃないの?」

「不満だったけど・・・実際こうなると・・・は、恥ずかし過ぎて死にそう。好き、だから・・・好き過ぎて。」

「・・・・・・ごめん。オレが無理。・・・早く抱きたい。」

熱っぽく囁かれて、全身の体温が一瞬で上がった。

シャツを捲り上げられ、はたけカカシの手が肌に触れる。

「あっ!ま、待って下さい!せ、せめてシャワーを・・・っ!」

力任せに押し退けて、バスルームへ逃げ込んだ。

少し気持ちを落ち着けないと、このままじゃどうにかなってしまいそうで。

火照った体を静めようと、服も脱がずに頭からシャワーを浴びた。

「落ち着け、落ち着け・・・。」

自分に言い聞かせるように何度も呟いたけど、熱は一向に引かなかった。

軽くパニックを起こして逃げ出してしまったけど、はたけカカシは気を悪くしてないだろうか。

早く戻らなければと焦れば焦る程、気持ちは落ち着かなくて。

不甲斐無い自分に涙が出そうだ。

カタンと音がして振り返ると、裸のはたけカカシが入って来るところだった。

「服も脱がないで・・・。」

驚いて固まっていると、はたけカカシは手を延ばしてオレの服を脱がせにかかった。

ネクタイを外してシャツのボタンを外して。

「・・・さっき嘘吐いた。」

シャワーの音に消されそうな静かな声だった。

「逢わなかったのを全部うみのさんの所為にしたけど、ちょっと違う。オレの所為でもあるんだ。」

「え?」

「オレ、小さい頃に親も親友も亡くしててね。親友はオレを庇って死んだんだ。左目の傷はその時の物。」

話しながらゆっくりボタンを外していく。

「人と親しくなるのが少し怖い。大切な人を作ることが。過去にそれが原因で別れたこともあるくらい。」

一度もオレを見ずにずっと目を伏せたまま、淡淡と話した。

「だから、距離を縮めるのに少し時間が掛かってしまって・・・面倒臭い人間でごめんね。」

シャツを脱がしてもオレを見ないから、思い切ってキスをしてみた。

両手で頬を包んで、優しく口付ける。

やっと目を合わせてくれて、笑顔を見せてくれたけど、それは初めてハグをした時に見せた寂しそうな笑顔。

あの時寂しそうだった理由が分かった気がした。

オレの親の話を聞いて、亡くした時を思い出していたのではないだろうか。

目の前の男が愛しくて愛しくて仕方なくなる。

沢山愛してあげたい。

キスもハグも沢山して、失うことを恐れない強さをあげたい。

「オレは大丈夫!オレの一番の取り柄は丈夫なことだから!だから、ゆっくりでいいから、安心してオレのこと好きになって下さい!」

オレも両親を亡くして、顔に傷が残っていて、はたけカカシと同じだ。

勤務先も家も近くで。

これは偶然じゃなくて、きっと運命だ。

この人の一番大切な人間になりたい。

ぎゅうぎゅう抱き締めてたら、はたけカカシが笑い出した。

「ありがと。うみのさんのこと好きになって良かった。」

「イルカです。イルカって呼んで。」

何度も名前を呼ばれてキスをされて、少し静まっていた熱がまたぶり返す。

裸になって抱き合った。

風呂に入ったついでに、お互いの体を洗い合った。

「花の香りってこれじゃない?」

そう言いながら手の平に出されたボディソープは、あの時のと同じ香りがした。

あの日も映画の前にジムに行って、シャワーを浴びてから来たらしい。

だから、体に残った香りがふとした拍子にこちらに届いたのだ。

全部オレの勘違いで、オレの思い込みだった。

オレはちゃんと想われていた。

はたけカカシの恋人はオレ一人だった。

「これ、最近はまってるの。モリンガっていう花の香り。」

「良い匂い・・・。」

「気に入った?なら一本あげる。こないだセールしてて買い溜めしちゃったから。」

風呂から上がったら本当に一本くれて、洗面所の棚に並べられてるボトルを見て、買い過ぎだと大笑いしてしまった。

この人はどれだけ風呂に入る気なんだ。

安かったんだもん!とむくれる姿が可愛かった。

バスルームで少しいちゃいちゃして、その後は寝室に移動した。

その夜、やっと恋人同士になれた気がした。

まだまだ知らないことが多くて、新しい何かを知る度にまた好きになる。

男前でカッコいいのに、意外と子供っぽい所があって可愛い人。

優しい笑顔を浮かべる可愛い人。

やきもち焼きで独占欲の強い男だということも分かった。

実は26日が誕生日で、職場の人間に一足早く祝ってもらったことを知ると、盛大に拗ねられたり。

誕生日当日はオレがイルカを独占します!と26日は平日で翌日も仕事だってのに、25日から泊り込みで祝ってくれた。

気持ちは嬉しいけど、ほんの少し迷惑・・・いや、嘘!オレは幸せ者だ!

大好きな人に愛されて、幸せな誕生日を迎えた。

 

 

 

 

 

 おわり

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やーーーっと終わった〜(>_<)
思った以上に長くなっちゃって、エロもバッチリ入れる予定だったけど省いちゃった。
肝心な誕生日当日の話とかエロとか、もちょっと書きたいこともあるのでオマケで後日出そうかと思います。
ご覧頂きありがとうございました〜!

'09/8/9 葉月

 

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